あれがほしいの
私の「欲しいわ」の一言に反応したフランは、バルコニーに立つとてきぱきとオークショニアとのやりとりを始めた。ものすごい勢いでなにかやってるみたいなんだけど、早くてよくわからない。
「どうしてあんな地味な石がほしいのか、理由をお尋ねしても?」
「内緒よ。秘密のある女のほうが、おもしろいでしょ」
あの石はおそらく、天然の磁石。いわゆる磁鉄鉱ってやつだと思う。多分。
雷魔法が使えるようになって、次に試してみたのが磁力の魔法利用だった。鉄芯と導線を使えば、雷魔法で電磁石を作ることはできる。でも、磁力そのものはまだ操れないんだよね。
ディッツやジェイドに磁力の説明をしてみたんだけど、元がファンタジー育ちなせいか、あんまりぴんときてくれなくて。わかってもらうためには、実験あるのみって思うんだけど、雷魔法からの電磁石って、思ったより魔力を食うんだよ……!!!
ゲームとかやってた時には、何気なく電池を使ってたけど、いざ自分が電池になるとしんどいね!!!
だから、いちいち魔力を使わなくても、磁力を観察できる状態の物質を探していたんだ。
本格的な磁力研究が始まるずっと前から、コンパスなんかに使われる天然の磁石があったらしい、ってことまでは知ってたんだけど、どこにどう鉱脈があって、どう手に入れたらいいか全然わかんないから、ずーっと棚上げになってたんだよねー。
よしよし、これで研究が進むぞー!!
しばらく眺めていると、カン! と木槌の音が劇場に響いた。
どうやらフランが競り落としてくれたみたいだ。会場スタッフが石を舞台から引きあげていく。すぐに清算担当のスタッフがバルコニー席にやってきて、そちらの手続きもフランが無駄なく進めてくれる。
「へえ、立ってるだけかと思ったら、割とやるじゃないか」
いや、ずっと立ってないといけないのはダリオのせいなんだけど。
フランはにこりともせずに頭をさげる。
「ありがとうございます」
「どうだ、オークションが終わったら、マダムとふたりでうちにこないか?」
「うち、とは?」
「今は明かせないが、とある高位貴族にツテがあるんだ。いい人材は厚遇するぞ」
正体を隠したままで何を言ってるんだ。だいたい、高位貴族にツテって、ダリオ自身が高位貴族じゃないか。
「私からまとめてお断りするわ。貴族のツテにも、お金にも困ってないから」
「へえ、それはなかなか、羽振りのいいことで」
ダリオとしても、まともに受けとるとは思ってなかったらしい。笑ってそのまま受け流した。
なんだろう、さっきからの会話。
口説いているというには微妙なものが多いんだよね。
それよりも冷静にこちらを観察しているような雰囲気がある。
ある程度探りを入れられることは覚悟してたけど、なんかそれ以上に警戒されてる感じもあるんだよねー。
まあ、私たちふたりが怪しいのは否定できないんだけどさ。
「お次は、古代のアーティファクト!」
オークショニアが、また新たに商品を紹介した。緑に金の模様がついた細工物の板みたいだ。
箸休め程度の品なんだろう、オークショニアの威勢のいい声とは反対に、会場の空気は冷静だ。しかし、私はそれを見た瞬間、再び『買い』を決定した。
「アマギ、あれもお願い」
フランは先ほどと同じように前に出る。
「サヨコのほしがるものは、予想がつきませんな。古代の遺物は確かに珍しいでしょうが……あれは用途もわからない変な模様のついた板ですよ?」
「私のお買い物だもの。私が価値を理解していればいいのよ」
私は答えながら、じっと舞台を見つめる。
古代の遺物と呼ばれているものには、直線と円で独特の模様が描かれていた。そして、裏側にはびっしりと変な形の石がついている。色は黒だったり茶色だったり、どれも地味なものばかりだ。この世界の基準では、およそ美術品とは言えないもの。
だけど、なんかあれ……電子部品っぽいんだよね。テレビとかスマホとか、分解した時に出てくるプリント基板? とかいうやつ。
工作の時間でちょっと見ただけだから、どこがどう、とか、細かいことはわかんないんだけど。なんかめちゃくちゃ見覚えのある雰囲気なんだ。
ただでさえ、この世界は陰謀に戦争に災厄にって、ファンタジーものの要素全部乗せの勢いで、いろんなネタが突っ込まれてるのに、その上SF要素とか入ってこないでほしい。
ここは是が非でも競り落としてちゃんと中を見て、SF要素なんてあり得ないってことを確かめたい!!!!
ノーモア新要素!!
「他にありませんか?」
あんな板が欲しいと言い出すのは私くらいだったらしく、早くも競売は終わりに近づいていた。さっきと同じように落札して終わり、と思っていたところに異変が起きた。
「え……そちらの入札ですか?」
オークショニアも驚いている。
入札してきたのは、謎のカーテン席の人物だった。
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