見知らぬ入札者

 カーテンの奥の人物、おそらくこの闇オークションの黒幕が入札する姿は、異様だった。


 ぴっちりと閉じられたカーテンの中から、黒衣の人物の腕だけが、にゅっと突き出されているのだ。しかも、その手は手袋をしているので、男か女かもわからない。入札の意志はすべてハンドサインで示されるから、手だけ出していれば取引には事足りるけど……腕しか見せない、というのは異常だ。

 オークショニアも一瞬面食らったようだが、さすがプロ。彼はすぐに元通り、入札者たちのサインを読み取り始めた。


「カーテンの御仁より、2000が提示されました。それ以上、ありませんか?」


 私は、カーテンの奥の人物を交えた入札競争を眺める。


「意外ね……購入に興味はないんだと思ってたのに」


 黒幕はオークションに『人間』を提供している。立場で言えば、商品を卸す側だ。だから、わざわざ入札に参加してくると思わなかったんだけど。


「へえ? どうしてそんなふうに思うんです?」


 ダリオの緑の目がこちらに向けられる。

 おっと、このオークションに黒幕がいるなんて情報を、自分たちが握っていることは、内緒だった。適当にごまかしておかないと。


「だって、あんなカーテンの奥に引っ込んでいるんですもの。商品に興味がない、出品側のお客だと思ってたのよ」

「オークションでは、売り手が買い手になるなんて日常茶飯事ですよ。そうですね……どこか遠い国から珍しいものを集めて出品し、その資金でこの国の珍しいものを買って帰るつもりなのかもしれませんよ」

「なるほど、そういうこともあるのね」


 オークションカタログによると、今競り合ってる古代の遺物は、ハーティア国内で発見されたものらしい。黒幕の目的が海外から人を運び、ハーティアの貴重な品を得ることだと考えれば、辻褄はあう。


 そんな思考を遮るように、カン! という木槌の音が劇場に響いた。

 顔をあげると、フランが軽く肩をすくめてお手上げのポーズをとっていた。どうやら、カーテンの人物に競り負けてしまったらしい。


「申し訳ありません。購入予算額を超過したので、降りました」


 オークショニアはカーテンの人物に落札価格の確認をとっている。彼が提示しているのは、王都にちょっとした豪邸が買えるくらいの値段だった。


「いいわ。どうしてもほしい、ってわけじゃないし。引き際も大事よ」


 そもそも、自分たちがここに来た目的はフィーアの兄ツヴァイを救出するためだ。余計な買い物ばかりして、彼が手に入らなかったら元も子もない。


「お買い物は少し控えるわ。アマギは下がってていいわよ」

「かしこまりました」


 フランを下げたあとも、オークションは続く。外国の美術品に、国内の珍品などが次々に並べられては売られていく。カーテンの人物はハーティア、特に古い遺物に興味があるようで、電子基板もどきのほかに、決して錆びない刃物だとか、異様に軽い金属だとかを購入していた。

 個人的に、そのあたりも興味があったけど、今はやめておく。遺物ひとつに豪邸が建つほどのお金を出せる相手と争ってもしょうがない。


 美術品などの出品が一通り終わったところで、会場の空気がまた変わった。異様な期待の眼差しが舞台に向けられる。

 オークショニアの指示でスタッフが運んできたのは、下に車輪のついた大きな檻だった。

 中には獣の代わりに人間が入っている。


 本日のメインイベント、人間オークションが始まったのだ。




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