黒幕の影
私たちがこの劇場でバルコニー席を確保できなかったのは、舞台側の縦3列の席を全部貸切ったとんでもない客のせいらしい。
軽く見積もっても20人から30人分の席だ。そんなに占領されてしまったら、予備席も何もかもなくなってしまうのも無理はない。
「どうしてそんなことをしてるのかしら」
「……警備の都合ではないでしょうか」
後ろから、静かなフランの声がとんできた。ダリオもうなずく。
「どうもそうらしい。隣や上下の部屋に人が何人も出入りするんじゃ、警備しづらいんだと」
ハルバード家がカトラスで別荘を借り切っているのと同じ考え方だ。他のお客も出入りする宿泊施設では、食堂やロビーといった共有スペースで、どうしても他人と接触してしまう。接触地点をいちいち警戒するより、建物を丸ごと自分たちのものにしてしまい、出入口だけ重点的に警備するほうが楽だし安全なのだ。
「でも、その分お客が入らないわよね。オークションの収益に影響が出そうなものだけど」
「さて……俺もそこまではわかりません。相当な金が動いたか……オーナー以上の権力を持つ者がいるか……」
もしくはその両方か。
別荘を出る前に、フランが語っていた情報を思い出す。この闇オークションを運営する人身売買組織には、カトラス侯の後ろに黒幕がいる。今そのカーテンの先にいるのが、その黒幕だとすれば、異常な好待遇にも、異様な警備体制にも納得がいく。
「マダムは、謎の多い男がお好みで?」
ダリオがにやにやと笑う。
「そうね。強引な男よりは好みかも」
「連れの背中を見つめるだけの弱気な男よりはいいでしょう」
おーい、それはどういう意味だー?
背後の気温が2度くらい下がった気がするんだけど。
「俺はリオ。マダムのお名前を伺っても?」
「私のことはサヨコとでも呼んでちょうだい。この子はクロ。後ろにいるのは……」
「残念ながら、男の名前に興味はないんだ」
部屋の気温がまた下がった気がする。
後ろでめっちゃくちゃ黒オーラ出しまくってる男がいるのに、ダリオの笑顔は崩れない。自信家もここまで来ると、いっそすがすがしいくらいだ。
「座ってください、マダム。オークションの本番が始まりますよ」
ダリオは私に促すと、自分もどっかりと椅子に座った。
ここで反論してもしょうがないので、私も座る。
舞台を見ていると、オークションを取り仕切っていた、オークショニアが高価な衣装を着た別の人物に交代した。格式の高いものを扱うのは、格式の高い人物、ということなんだろう。
品物を載せる台もひときわ豪華なものが使われ始める。
見ていると、絹地のクッションの上に小さな小瓶が載せられて運ばれてきた。
「金貨の魔女の変身薬!」という紹介に、会場がどよめく。
「あれは、男女の性別をひっくり返す薬なんだそうですよ。マダムはご興味ない?」
「いらないわ」
どうせ偽物だし。
「あなたがかわいい子ネコちゃんになるところは見てみたい気がするけど、そのためだけに薬を買うのはねえ」
「勘弁してください。俺は、気の強い女を口説き落として組み敷く方が性に合ってる」
「あらそう、いい趣味してるわね」
本気の発言っぽいあたり、根っからの肉食系みたいだ。
なんか腹がたつから、女になる薬を無理やり飲ませて男たちの中に放り込んでみたい。
やらんけど。
ダリオのニヤニヤ笑いと、フランの冷えた視線に耐えながら舞台を見ていると、新たな商品が運ばれてきた。
「鉄を引き寄せる鉱石!」
オークショニアが紹介するのは、男性の握りこぶし程度のサイズの石の塊だった。灰色の石に、岩に張りつくフジツボみたいな感じで、正八面体の黒い結晶がいくつもくっついている。
オークショニアが細い釘をぱらぱらと上から落とすと、石にそのままくっついてしまった。
「変な石だな。デカい水晶だのなんだのを、そのまま飾るような石マニアには売れるだろうが……」
「本物……あれが欲しいわ!」
ダリオが首をかしげる横で、私が願いを口にする。
ずっと後ろにいたフランがすっと前に出て来た。
「お任せください、マダム」
うんうん、いつもながら頼りになるなあ。
でも、後ろの黒オーラはもっと少な目でいいのよ?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます