無い袖は振れない
突然だが、うちの補佐官フランは交渉事が上手だ。
条件の付け方がうまいんだと思うんだけど、話しているうちに相手はあれよあれよという間に選択肢を封じられ、気が付いたらフランの思う通りの行動をとらされている。
私も、何度フランの手のひらで踊らされ、とんでもないことを引き受けさせられてきたか。
そんな彼だから、スタッフに交渉してバルコニー席を確保する、なんて簡単なミッションはすぐに片付けてしまうと思ってた。
でも、劇場の回答は……。
「申し訳ございません、お席をご用意できません。本日のバルコニー席は満席でして」
「予備席もか?」
「ええ……」
客よりは幾分シンプルな仮面をかぶったスタッフは頭を下げる。
こういう対応は珍しい。貴族向けの施設は、客の無茶ぶりに対応するために、予備の座席やボックスを常に用意しているものだからだ。
「こちらは、体の弱いマダムを人混みから離したいだけだ。本来座席として使われていない場所でも構わない」
「そのお気持ちは……重々承知しておりますが……」
ないものはどうしようもない、ということらしい。フランはなおも食い下がっているけど、交渉は難航しそうだ。
私は話に参加できないので、手持無沙汰だ。フランに手を引かれたまま、ぼんやりしていると横から声がかかった。
「それ以上交渉しても無意味ですよ、マダム。今宵彼らに調整できる座席はひとつも残されていませんから」
見上げると、そこには派手なライオンの仮面をつけた男がいた。
仮面の間から見える瞳の色は緑、ライオンのたてがみが後ろまですっぽりと頭を覆っているので、髪色まではわからない。派手な衣装を気負いもなく着こなしている体は、大きく、厚みがある。戦い慣れしている騎士……それも、かなりお金持ちの貴族だ。
貴族令嬢としての経験上、ただ高級品を身に着けただけ、という人は何度も見かけたことがある。しかし、目の前の男性は個性の強い素材をうまく使いこなし、自分を演出する道具にしている。普段から高級な品物に慣れ親しんでいる者だけが持つ余裕だ。
「あ……っ」
ライオンの仮面の青年を見て、スタッフが顔色を変えた。私の手を握っているフランの手が、わずかにこわばる。
「どうしてあなたに、そんなことがわかるのかしら」
「ちょっと、裏方にツテがありましてね」
ライオンの仮面の男は、にいっと口を吊り上げる。
裏方に繋がる貴族といえばカトラス侯だけど、その可能性は低い。彼は現時点で50代のおじさんだ。しかし目の前の彼はどう見積もっても30歳にはなってない。仮面の下から除く口元にははりがあるし、声も若々しい。
「どうです、マダム。人混みがお嫌なら、俺のバルコニー席に来ませんか。せっかくのオークションなのに、ひとりで退屈していたんです」
「え……?」
私を自分の個室に誘ってる?
つまり、ナンパですか?
きゅっ、フランが私の手を握る力が強くなった。
そう、今の私はフランと手をつないでいる。これは明らかな、『男連れです』アピールだ。
その自分にわざわざ声をかけて、目の前でナンパって。
この男どういうつもりだよ?!
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