ライオンの仮面の男

「親切なお申し出、ありがとうございます。ですが、そのようなご提案は間に合っておりますので」


 フランがすっと前に出て、ライオンの仮面の男の言葉をきっぱり断った。

 まあ、普通そうなるよね。

 しかし、男の余裕は崩れない。


「従者風情には聞いてない。俺はそちらのマダムに話しているんだ」


 そして、フランを完全無視して、私に笑いかけた。


「マダム、いかがですか? もちろん、そちらの従者が後ろに控えていても、俺は構いませんよ」


 どっから出てくるんだ、その自信。

 面の皮の厚さ選手権とかやったら、ぶっちぎりで優勝しそうな勢いだ。


 私の手を握るフランの手が、ちょっと痛い。

 大丈夫だってば。そんなに心配しなくても、私もこんな上から目線の謎の男についていこうとか、1ミリも思わないから。


「……そうね」


 お断りするわ。

 そう口にしようとした瞬間、肩に載せていたフィーアが、ジャンプした。

 そして、仮面の男の肩に飛び乗ると、まるで猫のように(いや見た目は猫だけどね?)スリスリと額を男の頭に擦り付けた。


「ん、おお?」

「私の猫が失礼したわね、ごめんなさい」

「いや、いい。ははっ、人懐こい奴だなー」


 尚も肩の上に乗ったまま、まとわりつくフィーアを見て仮面の男は口元を緩める。

 リラックスした雰囲気の男性とは対照的に、私たちの顔はひきつっていた。

 フィーアは、猫みたいだけど、猫じゃない。正式な訓練を受けた護衛だ。


 だから意味もなく、誰かについていったり、なついたりはしない。それはこの2年間ずっと一緒にいたからわかる。

 彼女の意図をはかりかねていると、フィーアは不意にこちらを向いて、不自然に耳をぴくぴく動かした。そして、最後にゆっくり瞬きをする。


 これは符丁だ。

 猫の姿で潜入してもらっている間、フィーアは言葉を話すことができない。でもその間何も伝えられないのでは不便だから、あらかじめ簡単な言葉を伝えられるよう、合図を決めておいたのだ。

 そして、彼女の伝えてきた言葉は、『ダリオ』だった。


 目の前にいるこのド派手な自信家ライオン仮面が、私たちが命を救おうと画策しているカトラス家跡取、ダリオ・カトラスだとぅ?


 そういえば、シルヴァンとのデート中に、ダリオ・カトラスを見かけたことがあったっけ。フィーアもその時に同行していた。恐らく、獣人特有の勘の鋭さで、あの時見かけた青年と仮面の男との共通点を見出したのだろう。


 ちょっと待ってよぉぉぉぉぉ。

 ダリオ・カトラスは父親の愚行を諫めようとして殺されたんじゃなかったの?

 なんでこんなところで主催者側っぽい顔で参加してるのさあああああああ!


 しかもなんでこんな色ボケナンパしてんの?

 心の中で絶叫するけど、理由が全然わからない。


 わからないけど、このまま放置しておくわけにもいかない。


「もう、困った子ね」


 私はフランから手を離すと、ダリオの肩に乗ったフィーアに差し出した。

 にゃあ、と小さく鳴くとフィーアはまた私のところに戻ってくる。


「この子が気に入ったんじゃしょうがないわ。あなたの席にお邪魔させてもらいましょう」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 乗り込んで、見極めてやろうじゃないの!!

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