大人扱い?

 闇オークションの会場は、思ったより大きな劇場だった。

 普段はオペラなどの演劇に使われているものらしく、外壁には昼間の演目内容を描いたポスターがいくつも貼りだしてある。

 領主本人が主犯だからって、公共施設を遠慮なく使いすぎじゃないのか。


 お客のほうも、領主の警備隊が踏み込んでくることがないとわかっているのか、リラックスした雰囲気で劇場の門をくぐる。

 今が深夜と呼べる時間帯で、全員けばけばしい仮面をつけてさえいなければ、普段の催し物と様子は変わらない。ただ演目を楽しみにきた観光客の群れだ。

 犯罪組織の運営する闇オークションと聞いてたから、どんなアンダーグラウンドな場所に連れてかれるのかって思ってたけど、拍子抜けだ。日本でいうところの警察組織そのものが取り込まれてると、ここまで大胆になれるものなんだね。


 これだけの人数の大人が、人間の売買ショーを期待しているのだと思うと、気分が悪い。

 カトラス侯爵家には、一刻も早く代替わりをしていただいて、後ろ暗い観光イベントをとりやめていただきたい。


 私はフィーアを肩に載せると、フランのエスコートで劇場に足を踏み入れた。

 同時に、会場内の注意が一斉に私たちに向けられる。他の来場者と同じように仮面をつけているとはいえ、今の私は高級ドレスを着た派手な女だ。注目を集めるのはわかっていたので、にっこりとほほ笑みながら視線を受け流す。


 子供ながらに、ハルバードのお嬢様として注目されることには慣らされてきたもんね。これくらいは朝飯前さ!


 入り口で待ち構えていたスタッフに、クリスティーヌから譲り受けた指輪を渡す。使用人はうやうやしくそれを受け取って、しばらく見つめていたかと思うと、深くお辞儀をした。

 通っていい、ってことらしい。


 ほっと大きく息をつきたい内心を隠して、私はフランにエスコートを促す。

 第一関門を突破して奥へ進むと、きらびやかなホールが私たちを出迎えた。


 一体どれくらいのロウソクが使われているのか。

 豪華なシャンデリアにともされた明かりが、ホール全体を昼間のように明るく照らしている。そして、美しく着飾った男女が、オークションの始まりを期待しながら、笑いあっていた。

 その人々の中に、当然ながら子供の姿はない。

 今更だけど、やっぱりクリスティーヌの作戦は無謀だったみたいだ。そして、変身薬を飲まないままの、私の潜入作戦も。

 こんなところに子供が足を踏み入れたら、悪目立ちどころの騒ぎじゃない。


「あまり視線をあちこちに向けるな」

「劇場がどういう構造になってるのか、気になってるだけよ」


 何かあったときに、どこから逃げればいいのか確かめておかないと、いざという時困るではないか。


「……だったら、せめて人間の立ってない方を見てくれ」

「この人混みの中で?」


 無茶言うな。


 ツッコミをいれてみたが、フランは大真面目な顔で『できるだけそうしろ』と断言してきた。だから、そんなの無理だから!

 なんかさっきから、言ってることおかしくない?

 大人扱いってこういうことじゃないよね?


「……バルコニー席を確保したほうがよさそうだな」

「何それ」

「それは……ああ、お前は劇場に来たことはなかったか」

「観劇は基本的に大人の趣味だからねえ」


 お祭りのショーとは違い、こんな本格的な劇場で行われる演目は、子供向けに公開されてない。エンタメが生活に浸透している現代日本人小夜子も、校外学習で市民ホールに行ったことがあるくらいだ。


「こういった劇場は、舞台前に椅子席が並び、その周りを取り囲むようにして、三階建てから四階建てのバルコニー席が作られる。一般庶民が椅子席で肩を並べて座る一方、金もちは半個室のバルコニー席で、ゆったりと酒をたしなみながら観劇するものだ」

「うわー、めちゃくちゃ優雅!」


 さすが貴族。

 観劇するにしても、他人と肩寄せ合ってみるような真似、しないよねー。


「今回、クリスティーヌが確保したオークション参加権は一般客用だ。金貨の魔女の薬さえ手に入れば、他はどうでもよかったんだろうが……お前を連れて人混みにいくのはな……」

「なによー、迷子になんかならないわよ」

「そういう心配はしていない」


 はあ、とフランがため息をつく。


「スタッフと交渉してくる。お前もついてこい」

「交渉ごとに私は邪魔じゃない? このへんで待ってるけど?」

「今のお前をひとりにできるか」


 フランは私の手を引くと、そのままがっちりホールドしたままスタッフに向かっていった。

 おてて繋いで一緒に行動って……なんか、目の離せない幼児扱いになってない?

 なんか違う気がする!!


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