幕間:補佐官殿の憂鬱その4(フランドール視点)

 フィーアに呼ばれてドアを開けたら、見知らぬ女がいた。


 結い上げた艶のある黒髪、抜けるように白い肌。

 長い睫毛に彩られた瞳は、ルビーのようにきらきらと輝いている。

 極上のパーツを合わせた造作は整いすぎていて、いっそ作り物に見えるくらい美しい。


 やや視線を落とした先、体のバランスも完璧だった。

 長い手足、整えられた指先。

 瑞々しい果実のように張りのある胸、その下の細くくびれた腰。

 赤い絹地のドレスは、彼女の体の美しさを引き立てるために作られたとしか思えない。


 今まで誰を見ても、そんな感慨を覚えたことはないが、今なら断言できる。

 最高の美女だ。

 俺が今まで見て来た女の中で、間違いなく一番美しい。


 誰だ、この女は。

 ここはハルバード家貸し切りの別荘だ。

 部外者が入り込む余地はないはず。


 それなのに、何故。


 答えが目の前にあるようで、つかめない。

 脳が答えを拒否している。


 茫然としているうちに、女はすっと部屋の中に入ってきた。

 俺はあわてて彼女を引き留める。


「おい、待て……」


 声をかける俺に向かって彼女が振り向く。

 そして、ひどく見慣れた表情で笑いかけてきた。

 屈託のないその笑い方のせいで、つくりものめいた印象が崩れる。花が咲きほころぶような、かわいらしい笑顔だった。


「さて、ここで問題です。私は誰でしょうか!」


 夜中に俺の部屋に尋ねてきて、こんなバカバカしい問答をしてくる人間はひとりしかいない。

 思い至った答えに、脳を殴られるような衝撃がきた。

 嫌だ、認めたくない。


「リリアー……ナ?」


 最後の力で声を絞り出すと、彼女ははじけるように笑い出す。


「正解!」


 誰か嘘だと言ってくれ。


「リリィ? お前、その姿は……」

「ディッツに変身薬を作ってもらったの!」


 あの野郎。

 なんてことしやがる。


「男女をいれかえる薬が作れるくらいだ。年齢操作くらいお手のものか」

「実は性別を変えるより簡単らしいわよ」

「……そうか」


 頭の中でディッツの台詞がぐるぐる回る。


『俺はお嬢の味方でしかないので、気を付けてください』


 あいつ、これを知ってて俺をからかいやがったな。

 何が、覚悟しておけだ。


 部屋の隅で立っているフィーアに目をやると、いつもの無表情を装いながら、薄く笑っている。彼女もグルだ。

 普段はあまり気にしないが、ディッツ、ジェイド、フィーアの3人はハルバードの家臣というよりはリリィの信奉者だ。当然、状況によっては俺をも裏切ってくる。


「闇オークションに参加できないのは、子供だからよね? だったら、大人になった今は大丈夫よね!」


 大丈夫なわけあるか!

 こんな美女、犯罪組織の巣窟に連れていったらどうなると思ってるんだ!


 と、怒鳴りつけたいのに声が出ない。


「精神年齢は、もともと18歳だったわけだしね?」

「……病院暮らしの少女の精神だがな」

「ダメ?」


 リリィが俺を見上げてくる。


 やめろ。

 上目遣いで見てくるな。


 そんなポーズもとるな。

 否応なく、胸の谷間が目に入るから。


「……」

「フラン、お願い!」


 俺が黙っていると、リリィが抱き着いてきた。

 13歳の姿ならよくやっていたおねだりのハグ。だが、今この状況では意味が違う。


 身じろぎしようとしたら、俺の胸板とリリィの体の間で、胸がつぶれて形を変えているのが見えた。


「……った」

「フラン?」

「わかったから、手を離せ!」


 お前は俺の心臓を止める気か!!!!!!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る