幕間:補佐官殿の憂鬱その2(フランドール視点)

「痴話げんかなどと、突然何を言い出すんですか……リリィは7つも年下の子供ですよ」


 俺は思わず賢者殿を冷ややかな目で見てしまう。優秀ではあるのだが、口が悪いのだ、この人は。しかし、中年オヤジはどこ吹く風だ。


「お互い好きだって言いながら喧嘩してるんですから、痴話げんかでしょう」

「どういう意味ですか。ことと場合によっては訴えますよ」

「だって、補佐官殿がお嬢のオークション行きを却下したのは、危険な目に合わせたくないからでしょう?」

「……否定はしませんが」

「恋愛的なものはともかくとしても、それだけ大事にしておいて、好きじゃないも何もありませんって」


 ディッツは、さらにわざとらしくため息をつく。


「お嬢にしたってそうです。こっちに顔を出す前に、一度お嬢の部屋に寄って、一通り話を聞いてきましたがね……今回腹を立ててるのは、ワガママが通らなかったからじゃないですよ、あれ」

「それ以外の何があるというんです」

「補佐官殿が、子供扱いしたからです」

「……子供は子供でしょう」

「えー、それを補佐官殿が言います?」


 意味がわからないでいると、ディッツは引き続き芝居がかった仕草でびっくり顔をした。絶妙にイラっとする顔だ。


「大人並みの判断力があるから、って領主代理という大人の世界に引っ張り込んだのは、補佐官殿でしょう」

「……」

「その補佐官殿本人に、頭ごなしに子供扱いされたから、キレたんですよ」


 数時間前のリリィの姿を思い出してみる。

 言われてみれば、『子供』の言葉に特に反応してはいなかったか。


「方や相手に認められたい者、方や相手を守りたい者。好き同士の痴話げんか以外、なんだっていうんです」


 返す言葉が見つからず、俺は口をつぐむ。

 賢者殿の指摘は間違っていない。

 間違ってはいないが、他に言い方はないものか。

 腹立たしくて、どれひとつ素直に受け取れないんだが。


「あーやだやだ。こんな喧嘩、間に入ったら、絶対馬に蹴られるやつじゃないですか」


 そう言いながら、賢者殿は肩をすくめる。

 いますぐ槍で八つ裂きにしたい、この中年オヤジ。

 槍の代わりに睨むと、ディッツはにやーり、と人の悪い顔で笑った。


「ふたつ、助言をして差し上げますよ、補佐官殿」

「……何ですか」

「まずひとつ。この件に関して、お嬢はめちゃくちゃ怒ってました。仕返しを覚悟したほうがいいかと」

「……自分の言い方が悪かったのは確かです。報復は受けましょう」

「あともうひとつ。お嬢の配下で、あなたより年上は俺だけなんで相談はそれなりに受けますがね、本質的に俺はお嬢の味方でしかないので、気を付けてください」

「どういう意味ですか、それは」

「そのまんまの意味ですよ。ではでは、俺はそろそろ退散しますよ。また仕事が増えそうなんでね」


 ひらひらと手をふると、魔法使いは去っていった。

 俺はソファに深々と腰を下ろす。


 ……疲れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る