幕間:補佐官殿の憂鬱その1(フランドール視点)

 闇オークションに参加したいなどと、バカなことを言い出したリリィを叱りつけた数時間後、俺は自室で念入りに身支度を整えていた。


 宰相家で育ち、数年領主代理として社会生活を送ってはきたものの、さすがに地下組織が運営するオークション会場にもぐりこんだ経験はない。不測の事態であっても、対応できるように準備しておかなくては。


 集中して作業していると、ノックの音で手が止まった。ドアを開けると、そこには、訪問を依頼していた人物の姿があった。


「いよっ、補佐官殿」


 東の賢者と謳われる魔法使い、ディッツが笑いながら立っている。


「怪我人の対応でお忙しいのに、お呼びだてしてしまって、申し訳ありません」

「いいって、いいって。元はお嬢のお願いでしょう? 主のワガママをかなえてこその、部下ってね」


 ディッツは懐から小瓶をふたつ出して、俺に手渡した。


「この赤いのが、汎用解呪薬です。フィーアにかかっていた服従の呪い程度なら、飲ませれば解除できます」

「……すごいですね」


 単純に現象を発生させるだけの火魔法や風魔法と違い、呪いはいくつもの要素が複雑に絡まって成立している。一般的な魔法使いでは、分析するだけでも一苦労だというのに、薬ひとつで治してしまえるとは。


 ツヴァイ救出で一番の懸念点は、彼にかけられた服従の呪いだ。闇オークションなどと怪しいイベントで、素直に商品の受け渡しが進むとは思えない。

 納品直後に、誰かに暴走の言葉を唱えられたり、自決の言葉を唱えられたら大惨事だ。事前に呪いを無効化し安全に連れ帰るために、賢者の手を借りることにしたのだ。


「解呪薬が効かない、飲ませるのが無理、って場合はこっちの黒い瓶の出番です」

「中には何が?」

「超強力な睡眠薬が入っています」

「これも、フィーアの時と同じですね。無理やり意識を奪っておいて、あとで落ち着いてから呪いを解く」

「そういうことです」


 魔法使いは、更に注意事項を追加する。


「こいつの扱いには気を付けてください。元々、薬を飲み込めない者のために開発した薬ですから」

「飲み込めない? だとしたら、どうやって服用させるんですか」

「火魔法と風魔法を使って霧状にしたものを、顔に吹き付けて鼻などの粘膜から摂取させるんです」

「粘膜から微量接種……つまり、薬効成分が非常に濃い?」

「間違っても、においを嗅ごうとしないことです。そんなことしたら、即昏倒しますよ。これは、補佐官殿が中級以上の魔法を使いこなせる、と聞いたから渡しているんです」

「わかった。ありがとう」


 素直に礼を述べると、魔法使いはくつくつと笑い出した。


「しっかし……いつもながらお嬢には驚かされますねえ。男装した女の子とお見合いすると言い出したら、次は闇オークションにもぐりこみたいって……あっはははははは」

「笑いごとじゃありませんよ。賢者殿も止めてください」

「嫌ですよ、補佐官殿とお嬢の痴話げんかなんて、関わりたくありませんから」

「痴話げんか……?」


 なんだそれは。

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