貸しは大体高くつく

 クレイモア伯との話し合いを終えて、外に出るとすでに空は白み始めていた。

 クリスティーヌを宿に戻す方法とか、シルヴァンとクリスティーヌの入れ替わりのタイミングとか、いろいろ細かいことを打ち合わせしていたら、全員徹夜になってしまったのだ。

 彼らを見送ったら、ハルバードのメンバーは一旦休憩だ。


「その鞄は、座席のほうに置いてくれ」

「かしこまりました、賢者様」


 おっと、ひとりだけこれから仕事の人間がいた。クレイモア伯の馬車に機材を積み込むディッツに声をかける。


「ディッツ、怪我人の治療をお願いね」

「それと、『特別な薬』の処方だろ? わかってるって」


 衰弱している武器職人マリクと、刺されて重傷の護衛騎士グレイの治療に、シルヴァンたちの変身薬の作成などなど。ディッツはこれからが一番忙しい。


「あれもこれも、って頼んじゃってごめんね」

「気にすんなって。お代はもうすでに一生分支払ってもらってるんだからよ」


 だからって、その約束にあぐらをかいていられるほど、私も鈍感じゃない。バカンスが仕事にすり替わったぶん、あとで何か埋め合わせしてあげなくちゃ。

 ディッツは懐からメモを一枚取り出すと、私の隣に立つフランに渡した。


「補佐官殿、メモに書いてある薬品の手配をお願いします」

「承知した」

「お嬢、俺があっちに着いたらジェイドを戻すから、休ませてやってくれ。先に機材と薬を送ったから治療自体は大丈夫とは思うが、ひとりで何人も怪我人の面倒を見て、死ぬほど疲れてるはずだから」

「まかせて。布団です巻きにしてでも休ませるわ」

「はは、そりゃ心強い」

「……クリスティーヌ様のお支度が整いました」


 別荘の玄関が開いて、クレイモア伯たちがやってきた。

 振り向くと、クレイモア伯の後ろから、いつもの騎士服を着たシルヴァンと、ふわふわのドレスを着た銀髪の美少女がやってくるのが見えた。


「ドレスをお貸しくださって、ありがとうございます。リリアーナ様」

「お……おう」


 誰だこの美少女。

 いや、可能性はひとりしかいないけどさ。


「ドレスと化粧で化けると思ってたけど、間近で見ると本当にかわいいね」

「十年以上積み重ねてきたお姫様スキルを、ナメてはいけませんわよ」

「その……体格まで少し小さくなってないか?」


 シルヴァンも、信じられないものを見る目で、クリスティーヌをまじまじと見る。

 そういえば、さっきまでほぼ一緒だったはずのふたりの目線が、クリスティーヌだけちょっと低くなっている。


「あー、スカートの下で軽く膝を曲げて立ってんだよ。小さければ小さいほど、『かわいい』って印象がつくからな。で、男子に視線をやるときは、こう」


 きゃるん。

 不思議な擬音が出そうなしぐさで、クリスティーヌはシルヴァンを見た。上目遣いプラス、小首かしげプラス、お手て添えの特盛ポーズである。


 なにこれめっちゃかわいい。

 下手な子がやったら、ぶりっ子どころの騒ぎじゃないんだけど、やってるのは超美少女モードのクリスティーヌだ。かわいい以外の言葉が思いつかない。

 うっかり、中身のガラの悪さを忘れてしまいそうだ。


「シルヴァン様、私かわいい?」

「か……かか、かわいいけど! 今後はコレをボクがやるのか?」


 できる気がしない! とシルヴァンは早くも絶望顔だ。


「顔の作りは一緒なんだから、慣れれば平気だって」

「その慣れが問題なんだ!」

「でも、これだけ印象が違うなら、ふたりが並んでも、顔がほぼ一緒って気づく人は少ないでしょうね」

「その上、婚約発表の場では、変身薬を使って体を作り変える予定だからな。お互いの性別疑惑は一旦そこで払拭できるだろう」

「まさか、そこまでやって入れ替わりをするなんて、誰も思わないでしょうからね」

「こんな芸当ができるのは、賢者サマの薬のおかげだ。お抱えの魔法使いを紹介したり、服を貸したり、なんかいろいろとありがとな」

「ボクからもお礼を言わせてくれ。先のことを考えられるようになったのは、君のおかげだ」


 せっかくふたりがお礼を言ってくれてるけど、私の内心は複雑だ。私がふたりを助けたきっかけは、純粋な好意だけじゃない。この先に起こる厄災を乗り越えるためだ。そもそも、クリスティーヌのピンチだって、元をただせば私が原因なわけだし。

 でも、そんなことは口に出せないので、代わりに私はにんまりと笑う。


「ハルバードに貸しを作ると、高くつくわよ~」

「お、恩は恩だ。なんでもしようじゃないか」


 貸し、と聞いてシルヴァンもクリスティーヌも身構える。私は笑顔のままふたりに手を差し出した。


「じゃあ……ふたりとも私の友達になって」

「へ」


 シルヴァンとクリスティーヌは、同時に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になった。


「ずっと領地に引きこもってたから、同世代の友達っていないのよね」


 フランは年上すぎるし、ジェイドとフィーアは友達っていうよりは部下って感じになっちゃったし。世界救済お友達作戦を抜きにしても、対等な友達は欲しいんだよね。


「ハ、そういや俺もまともなダチはひとりもいねーわ」

「ボクもだ……」


 性別を偽る、なんて大きな秘密を抱えてたら、なかなか友達作ったりできないよね。私も人のことは言えないけど。

 シルヴァンは笑顔で私の手を握り返してくれた。


「いいよ、これから先何があっても、ボクは君の友であることを誓おう」


 クリスティーヌも握手してくれる。


「悪い奴じゃねーしな」


 私たちは、お互い笑いあった。

 おおお、最初の計画とはだいぶ違っちゃったけど、なんとか作戦成功じゃない?

 やった、お友達ゲットだぜ!


「じゃあな」

「戻ったら、手紙を書くよ」

「うん、またね!」


 去っていくシルヴァンたちを、私は明るい気持ちで見送った。清々しい気持ちでリビングに戻ってきて、一息つく。


「フランが悪魔みたいな提案を始めた時はどうなることかと思ったけど、丸く収まってよかったわ。あとはシルヴァンたちが夫婦としてやっていければいいけど」

「あのふたりなら大丈夫だろう」


 おや?

 血も涙もない提案した奴が、楽観的なことを言い出したぞ?




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