よくやった

「大丈夫、なんて……ずいぶん甘いことを言うじゃない。どういう風のふきまわし?」

「どうもこうも、俺はいつも通り発言しただけだ」


 不思議に思って見上げても、フランの表情は変わらない。


「……お前はどう思っていたか知らないが、俺もさすがにあのふたりの相性が悪いようなら、あんな提案はしていない」

「そうなの?」

「無理な夫婦関係は結局破綻して家の衰退を招くことが多い。姉の母の実家がいい例だ」


 そういえば、フラン自身も政略結婚の弊害の中で育ったんだっけ。


「だが……あのふたりは、俺が『倫理を捨てて』などと強い言葉を使った時も、ずっと相手の事ばかり気遣っていたからな。……悪いようにはならないだろう」

「そっか、そうだよね」


 返事をしながら、私は思わず顔がにやけるのを止められないでいた。

 もー、この相棒は!

 結局めちゃくちゃ優しいんじゃないか。

 わざわざ汚れ役を引き受けてまで、ふたりの絆を確認するとか、器用なんだか不器用なんだかわからない。もうちょっと素直になってくれてもいいんだからね?


「リリィ、淑女がどうの、と主張するのなら気分次第で俺にハグするのはそろそろやめろ」

「これは騎士をねぎらう淑女の祝福ですー」


 フランはジェイドたちと違って、頭なでなではさせてくれないし?


「男の頭をなでようとするな。……と」


 唐突にフランの手が私の頭に載せられた。そのまま、よしよしとなでられる。


「な、なに?」


 今誉めるべきはフランであって、私じゃないよね?


「俺の方こそ誉めるのを忘れていた。ごたごたしていて、言いそびれていたが……護衛に裏切られて孤立無援の状態で、よく全員生き残った。……がんばったな」

「う……」


 今更それを言うのは卑怯ー!

 そうだよ!

 私がんばったんだよ!

 誰も見捨てないためにがんばったの!

 自分ひとりじゃ、全然どうにもならなかったけど、それでも、シルヴァンにもクリスティーヌにも、フィーアにだって不幸になってほしくなくて。

 めちゃくちゃがんばったんだよ!


 誰に認められるつもりもなかったから、黙ってたのに。

 そんな風に頭をなでられると、困るじゃん。


 顔が上げられなくなって、フランに抱き着いたままになっちゃうのは、しょうがないと思う。

 服に謎のシミができても、文句は受け付けないからね!!


「その程度、構わん」


 そこで男気を発揮するな。

 ますます顔が上げられなくなるだろーが。


「卑怯者ぉ……」

「なにをどうすれば、そんな結論になるんだ」

「フランがずるいこと言うのが悪い」

「……減らず口を叩けるなら、もう大丈夫だな」


 私が泣き止んだをと判断したフランは、容赦なく引きはがしにかかった。

 おい、レディに何をする。


「そういう猫の子みたいな扱いはひどいと思うの」

「文句は猫の子のような行動を改めてから言え」

「私は淑女ですー!」


 こうなったら意地でもしがみついてやろうか。

 フランとしょうもない攻防戦を繰り広げている最中に、突然ドアが開いた。普段、何があろうとも必ずノックするうちの使用人にしては珍しい。


 顔をあげると、フィーアの金色の瞳と目があった。

 フィーアは私たちを見ると、目をまん丸にして、それから顔を真っ赤に染め上げた。


「あ、あの、失礼しました! ぞんぶんに逢瀬をお続けください!」


 その反応を見て、私は今の自分がどんな状況に見えるか、ようやく理解した。何も知らない人にとっては、成人男性と少女が抱き合ってキャッキャしてる構図……だよね。


「フィーア、待って!」


 これは、そういうんじゃないから!!!



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