利害の一致婚

「好きでもないのに、利害の一致だけで結婚しちゃダメでしょうが……」


 補佐官の提案には、血も涙も一切なかった。

 自由恋愛が基本の現代日本人としては、正直ドン引きである。


 貴族社会なハーティアでも、完全な政略結婚は実はそんなに多くない。

 確かに貴族の結婚相手は、親が見つけてきたり、親戚が紹介してくれたり、王立学園っていう狭いコミュニティの中で見つけてくることが多いけど、最後には本人同士の相性を見て、お互いが納得する形で結婚が決まる。

 条件重視のように見えても、結婚前後でちゃんと信頼関係は結んでるんだよね。そう考えると、現代日本のお見合い結婚とそう大差ない。


 だって考えてもみてほしい。

 親にとっては今まで手塩にかけて育ててきた大事な大事な子供なのだ。どうせなら、幸せに暮らせる相手と結婚させたいと思うのが、親心というものだ。

 ただ、情報伝達技術が発展していないこの世界で、お屋敷育ちの未成年が自由意志で結婚相手を選ぶと、悪い大人に騙されることが多いから、社会経験のある親が段取りしてるだけで。


 借金のカタに嫁がせたり、利権のためにうんと年上の相手と結婚させたり、なんてことは滅多にない。というか、親の一存で決められる部分があるからこそ、条件のおかしな結婚は子を大事にしない親として批判の的となる。


 ピンチを切り抜けられるからといって、猫の子みたいにあっちとこっちをくっつけて、なんて提案はさすがにアレだと思う。


 年齢と家柄のつり合いはとれてるけどね?

 さすがに利害オンリーは、まずいと思うよ?


 それはシルヴァンも同意見だったらしく、彼女は首を振った。


「確かにメリットの多い婚姻だが、ダメだ。家を出たがっているクリスティーヌを、私の事情に巻き込んで縛りつけるわけにはいかない」

「俺は別にいいぜ?」


 しかし、クリスティーヌはけろっとした顔で肯定した。


「お前……家なんかクソくらえって言ってただろう……」

「そりゃ、ハーティア王家みたいに腐りはててる家はいらねーよ。でも、クレイモアは違うんだろ? お前が命をかけてでも支える価値があるんじゃないのか」

「……そうだが」

「どうせ、このまま性別をごまかし続けても、どこかのオヤジに嫁がされるか、逃げ出して流民になるかしかねえんだ。伯爵として生きるほうが、ずっといい」

「騎士だぞ? 鍛錬は厳しいんだぞ?!」

「お前、お姫様修行の厳しさを知らねえだろ」

「それは……そう……だが……」


 それ以上反論が思いつかないらしい。

 シルヴァンは口をぱくぱくさせて、絶句した。


「それよりシルヴァンはいいのか? このままだと、お前の相棒が俺になるんだけど」

「……」


 シルヴァンは、クリスティーヌをじっと見た。

 クリスティーヌもまた、シルヴァンを見つめて彼女の答えを待つ。


 しばらくしてから、シルヴァンは顔をあげた。両手でパン、と自分の頬を叩く。


「ボクも、問題ない。こっちだって、このまま生きたところで何も知らないどこかの令嬢と、偽りの婚姻を結ぶことになるんだ。そんな破滅しかない結婚をするより、絶対に裏切らない共犯者と生きるほうがいい」

「じゃ、契約成立だな」


 クリスティーヌが手を差し出すと、シルヴァンが握り返す。


 ええええ、フランの悪魔の提案が成立しちゃったんだけど。

 本人が納得してるなら、いいのか?

 いいってことにしていいの?



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