倫理など捨ててしまえ

「倫理観を捨てて、地獄の底まで……ね。ずいぶんなことを言い出すじゃねえか、ミセリコルデの。しょうもない案だったら、許さねえからな」


 クリスティーヌがフランを睨んだ。しかし、面の皮の厚いうちの補佐官は眉一つ動かさない。

 マジで変な方法だったら取返しつかないんだけど。

 大丈夫だよね? 信用して見守ってていいんだよね?


「方法とは……何ですか」


 涙で目を腫らしながら、シルヴァンも顔をあげる。藁にもすがりつきたい気持ちなのだろう。

 フランは淡々と悪魔の提案を口にした。


「シルヴァンとクリスティーヌを入れ替える。シルヴァンを王女として、クリスティーヌを騎士として育てるんだ。それなら性別の問題は解決する」

「な……」

「アホか! そんなことできるわけがないだろ!」


 クリスティーヌが叫んだ。


「俺はともかく、シルヴァンに王女は無理だ! あっという間に王宮の連中にバレて殺されるだろうが!」


 その指摘は正しい。

 シルヴァンは絵に描いたような騎士の子で、脳筋少女だ。

 王妃の悪意に満ちた王宮で、一切のぼろを出さずに王女として生活し続ける、なんてことができるとは思えない。


「だいたい、こいつの望みは、クレイモアを守ることだろ? 王女になって、自分だけ家を抜けて、俺に全部任せてはいおしまい、じゃスジが通らねえよ!」


 イライラと叫ぶ隣で、私にも疑問が浮かぶ。


「血筋の問題もあるわよね? シルヴァンとクリスティーヌはいとこといっても、母方のモーニングスター家の血縁でしょ。王家とクレイモア家では、ここ何代か婚姻が結ばれてないはずよ。クリスティーヌが跡取になったら、そこでクレイモア家の血が断絶しちゃうわよ」


 クレイモアを愛しているのはシルヴァン。

 血を繋げたいのもシルヴァンだ。

 顔が似ているからといって、クリスティーヌに挿げ替えても問題は解決しない。


「ああ、だからふたりには入れ替わった上で、結婚してもらう」

「……は?」

「シルヴァン、お前は王女としてクレイモアに嫁ぐんだ。そうすれば、クレイモア家の女主人になれる。血を繋ぎたければ、自分で産めばいい。直系のお前の子なら、父親が誰でもクレイモアの末裔だ」


 フランは淡々とメリットをあげる。


「婚姻という公の関係は利点が多い。正式に婚約が成立すれば、花嫁修業の名目でクリスティーヌをクレイモア領に移動させることができるからな。今ここですぐに入れ替わるのはリスクが高いが……王都から遠く離れたクレイモア領にふたりで引きこもった後なら、ゆっくりと身分を交換することができる」

「いやまあ、そうかもしれないけど」

「ふたりとも、第二次性徴期に差し掛かったばかり、というのも都合がいい。それぞれ男らしく、女らしく育てば、見間違えるほど似ていた、なんて過去は忘れられてしまうだろう」


 そうかもしれないけどさあ!


「つまり……問題を解決するためだけに、ふたりに政略結婚しろってこと?」

「言っただろ。倫理観を捨てて、秘密を地獄の底まで持っていくなら、と」


 捨てすぎだろーが!!!




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