変身薬の用法

「シルヴァン、安心して! 診察したっていっても、医者としてだから! その後の処置とか、着替えなんかは、私とフィーアがやったの。あなたの性別のことだって、この部屋にいるメンバー以外には知らせてないから!」


 自分が倒れたのは生理痛が原因だった、と聞かされて、シルヴァンは青い顔を益々青くさせた。白い顔はこわばり、目はうつろで焦点があってない。

 自分に生理がきたことが、よほどショックだったみたいだ。

 ずっと、男として、騎士として家を守らなくちゃって気を張ってきた子だからなあ……。


「大丈夫ですよ。この程度の症状なら、貧血を和らげる薬を飲んで何日か寝ていれば治ります。女性なら、誰にでも起こりうることです」

「ボクは女になるわけにはいかないんだ!」


 シルヴァンの悲鳴のような声が部屋に響いた。


「ボクは、クレイモアを守らなくちゃいけない! そのためには、男である必要があるんだ! こんなところで……生理なんかで……女になってる場合じゃないんだ……!」


 シルヴァンは真っ青な顔のまま、ディッツの腕を掴んだ。


「賢者殿、あなたは女を男に変える薬を作れるんだろう? 今すぐボクを男に変えてくれ! ボクは男にならなくちゃいけないんだ! 金だって何だって払う! だから……だから……っ」


 シルヴァンの嘆願は、途中から嗚咽に変わっていった。

 ディッツは小さな子供をあやすように、ゆっくりとシルヴァンの背中をなでる。


「確かに俺は、人の性別を変える魔法の薬が作れます。……ですが、この薬では、あなたを救うことはできませんよ」

「……どうして」

「薬の効き目が短すぎるんです」


 賢者はため息をついた。


「この薬は元々、一夜限りの夢を見るために作られたものです。効果が劇的な反面、長続きしません。半日もすれば体が勝手にもとの姿へと戻ってしまいます」

「一生モンの薬じゃねえってことか。戻るっていうんなら、薬が切れるごとに飲めばいいんじゃねえの?」


 クリスティーヌが疑問を投げかける。


「体を男に変えて、女に戻ったところで男にまた変える……そんな短時間にコロコロ体を作り変えたら、負担が大きすぎて倒れますよ」


 ディッツが嫌そうに顔をしかめる。

 彼は数年にわたり、賢者と魔女の二重生活を送っていた。もしかしたら、正体を隠すために薬を飲み続けて、実際にひどい目にあったことがあるのかもしれない。


「それに、シルヴァン様もクリスティーヌ様も成長期でしょう? 一度や二度ならともかく、何度も繰り返し使っていたら、体の成長に悪影響を及ぼしますよ。また、似た理由で生理中、妊娠中の女性は服用できません」

「逆に言えば……ほんの数回に限るなら、使えるっつーことだな。……俺が王宮から逃げ出すまでくらいは、なんとかなるか?」


 クリスティーヌが首をかしげる。彼はずっと王家に関わるつもりはなさそうだもんね。その場しのぎの薬でも、充分有効だ。

 でも、シルヴァンは……。


「では……その薬を飲んで、子を成すことはできますか?」


 シルヴァンの問いに、ディッツは首を振った。


「無理ですね。男が女に化けた場合は、薬の効果が切れた瞬間に子を育てる器官が体から消え失せます。女が男に化けた場合も……女を抱くことはできても、妊娠させる能力までは獲得できません」

「では……薬を使っても……ボクは女性と結婚して、血を繋いでいくことはできないんですね」

「……残念ながら」


 シルヴァンはその場に崩れ落ちると、布団に顔を埋めた。布団からは、彼女が押し殺そうとして殺せない、悲痛な嗚咽が伝わってくる。


 ディッツの薬を使えば、シルヴァンもクリスティーヌも、性別をごまかすことはできる。

 クリスティーヌは王家を脱出できるだろう。

 ゲーム内で起きていた、『戦争中に性別がバレて軍が総崩れになる』という悲劇も、薬で回避できるかもしれない。

 でも、シルヴァンの願いは、彼女の本当の悩みは、そんな一時しのぎの薬じゃ解決できない。

 彼女の望みはクレイモアの血筋を繋いで騎士団を存続させていくことなんだから。


「こんなことなら……変身薬があるなんて、知りたくなかった……」

「泣くなよ……」


 クリスティーヌが複雑な顔になる。彼女のこんな姿を知って、自分だけ助かったと素直に喜んだりできない。


「なんとかならないかしら……」

「方法がないわけじゃない」


 今までじっと黙っていたフランが口を開いた。


「ただし、この部屋にいる者全員が倫理観を捨て、地獄の底まで秘密を持って行く覚悟があるならば、だが」


 なんだその条件!

 お前はどこの悪魔だよ?!

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