幕間:かわいそうな女の子(シルヴァン視点)

 祖父の目が苦手だった。


 もちろん、騎士として尊敬しているし、家族としても愛している。

 祖父に愛されているという実感もある。


 しかし……。


『すまないなあ、シルヴァン』


 ふたりきりになると、決まって向けられる憐れみの目が苦手だった。


『本来ならお前は、ドレスを着て城の奥で守られているはずなのに、騎士の真似事などさせてしまって』


 女として守られるべき孫娘が、剣をとることに祖父は納得していなかった。

 騎士団を守るために必要だったから、やむなく男として育てた。

 だが、必要だったからといって、正しい行いとも言えない。

 騎士として弱き者、特に女子供を守ることを信条として生きてきた祖父にとって、孫娘を戦地に立たせることが、受け入れられなかったのだろう。


 だけど、おじい様。


 ボクは不幸なんかじゃありません。


 ドレスを着るよりも、騎士の姿で野山を駆けまわるほうが好きです。

 毎日の鍛錬を苦と思ったことはありません。

 ただ城の奥底で守られるよりも、この手に剣を持って敵と戦いたい。


 騎士として生きることに不満はありません。

 それどころか、騎士としての人生を歩むことができて幸福だと思っています。


 だからボクは、憐れな子供なんかじゃありません。



 ボクは、ボクの存在意義を証明するため、鍛錬にうちこんだ。

 同世代でボクにかなう騎士候補はいない。

 ボクが騎士としての価値を証明できれば、おじい様もあんな目で見なくなるはず。


 そう、思っていた。


 しかし、大人の男の騎士と本気で戦った時、ボクは思い知らされた。

 結局ボクの体はどこまでも女でしかなくて。

 男の騎士になんて、なれっこないってことを。


 ボクの努力は、結局無駄だった。

 おじい様はそれがわかっていたから、ずっとボクを憐れんでいたんだ。


 ボクはかわいそうな子供だったんだ……。



「シルヴァン?」


 目を覚ますと、黒髪の女の子の顔が近くにあった。

 赤い目をしたその子は、ボクと目があうと、ほっとしたように息を吐く。


「よかった、目が覚めたのね」

「リリアーナ……?」


 女の子の後ろに見えたのは、知らない部屋だった。

 調度品が上品で高価なものであることくらいしか、わからない。貴族向けの宿泊施設だろうか。

 ボクは何故こんなところに。

 いや、それよりもまず……!


「ラウルは? それに、君の護衛や、クリスティーヌは?!」


 起き上がろうとしたら、強いめまいに頭を揺さぶられた。

 目の前が真っ暗になりそうな衝撃に引っ張られて、ボクは布団に逆戻りする。


「急に起きたらダメよ」

「全員無事だから、安心して寝てろ」


 クリスティーヌと、リリィの護衛が近づいてきて、私に顔を見せてくれた。ふたりとも、大きな怪我はないようだ。

 しかし、ラウルと対峙した時点で、まともに戦えるのはボクひとりだったはずだ。

 何があったんだ?


「あの後すぐに、私の仲間が助けに来てくれたの。彼の手配で、全員私の別荘に運んでもらったのよ」

「助け……?」


 部屋の奥を見ると、黒衣の青年と、黒いローブを着た無精ひげの男がいた。


「そっちの黒服が、私の補佐官として働いてくれてる、フランドール・ミセリコルデ。騒ぎを聞きつけて助けに入ってくれたの」

「ミセリコルデ家の……」


 彼の噂は聞いていた。騎士として、宰相家の一員として、百年にひとりの逸材だと言われていた。そんな青年なら、ラウルごときに遅れは取らないだろう。

 自分とは違って。


「お礼を……申し上げなければ」


 まためまいを起こさないよう、ボクはゆっくりと体を起こした。彼に向き直ろうとして身じろぎした瞬間、自分の着ている服が目に入る。それは、まるで女の子が着るような、ふんわりとしたフリルつきのネグリジェだった。


「なんだ、この服?!」

「ごめん。悪いとは思ったんだけど、私の寝間着を着てもらってるわ」

「なんだってそんなことを……! ボクは……!」

「貧血で体調の悪い時に、体を締め付けるような服を着ていては、治るものも治りませんからね」


 奥でひっそり立っていた無精ひげの男が静かに言った。

 彼はゆっくりとベッドサイドにやってくると、膝を折り、ボクに視線をあわせてくれた。


「申し遅れました、私はディッツ・スコルピオ。東の賢者と呼ばれることもあります。わが主リリアーナ嬢の命に従い、あなたを診察いたしました」

「貧血……? だが、どこも怪我なんて……」

「怪我ではありません。そして、ご病気でもありません。あなたは、女性ならば誰でも経験する、初潮のショックで倒れたんですよ」

「……そうか」


 ああやはり。

 ボクはどこまでいっても女なのだ。



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