死に至る薬

「この薬を飲んだら死ぬ? どういうことだ」


 私の指摘を聞いて、クリスティーヌの顔色が変わる。

 男と見合いをするなんて、正体がばれるリスクを冒してまでカトラスにやってきて、その上警備の目までかいくぐって買いにきた薬を飲んだら死ぬ、と言われては冷静ではいられないよね。

 でも、事実は事実だ。


「だって、絶対に偽物だもの」

「何故お前にそれが断言できるんだ」

「私の魔法の師匠が、『東の賢者』だからよ。離宮で育ったあなたでも、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないの? 薬学の権威である彼はありとあらゆる薬に通じてるの」


 隣で、賢者の実像を知っているフィーアが『そうだったっけ?』って顔をしてるけど、今は横においておく。優秀さをちょっと盛り過ぎたかもしれないけど、今この状況ではまず、私の言葉を信じてもらえる裏付けが必要だ。


「ありとあらゆる……ってことは、もしかして金貨の魔女の薬も」

「当然、把握してるわ」


 本当は、製造者本人だからだけどね。


「彼に聞いたところによると、変身薬は投与される人間の血肉から、体の設計図を読みだして作られるそうなの。だから、全てオーダーメイドの特注品。こんな風に不特定多数に向けて売られることは、まずあり得ないのよ」

「誰かのために作られた本物を転売してるかもしれないぞ?」

「可能性はゼロじゃないけど……やっぱりやめたほうがいいわよ。他人の体の設計図を基にした薬で体を作り変えたりしたら、まともな人間の形にならないから」

「……は」


 クリスティーヌは口から乾いた笑いを漏らした。


「じゃあ……何か……? 俺がここまで来て……やってきたことは、全部無駄だったのか?」


 クリスティーヌには悪いけど、現実はそういうことだ。

 単に薬が偽物だっただけならいいけど、下手をすれば毒薬だった可能性すらある。


「クリスティーヌ、君が女になりたかった気持ちはわかるが……」

「女になんかなりたくねえよ! 俺は男だ!」

「じゃあ王家のために?」

「それこそねえよ。王家なんてクソくらえだ! どいつもこいつも、1ミリも国を動かせねえくせに、悪意まみれの噂話にばっかり花を咲かせやがって! 他人の足ひっぱってる暇があったら、まともな法案のひとつでも考えやがれ! こんな腐った血筋に縛られて生きるなんて、地獄以外の何ものでもねえよ」

「じゃあどうして……そんなにまでして薬を欲しがったんだ?」


 シルヴァンの素直な問いに、クリスティーヌは唇を噛んだ。悔しそうに顔を歪ませる。


「矛盾してる、って言いたいんだろ? 俺だって自分のやってることがおかしいってことくらいわかってるよ。何もかも捨てて、国から逃げてしまうのが一番手っ取り早い」


 でも、クリスティーヌには、そうできない理由がある。


「俺を生かすためだけに、自分の命を削るようにして嘘ついてる母親を見て、『もういい、無駄な努力だ』って、言えるわけねえだろ……」


 側室である母親はクリスティーヌを育てるために、前国王が亡くなった今でも王宮ぐらしを続けている。彼が突然失踪したりしたら、彼女がどんな扱いをうけるかわからない。


「君は、母上に愛されているんだな」

「こんな情、いらねえ……重たいばっかりで、邪魔だ」

「そうかな。ボクはちょっと君がうらやましいよ。ボクに母の記憶はないから」

「母親はいなくても、まともな保護者がいればまだマシだろ、お前んとこのじーさん、人格者だって、評判いいじゃねえか」

「……それはどうかな」


 シルヴァンは苦い笑いを浮かべる。

 彼女の祖父は、彼女を愛しつつも男として育てたのだから。


「盛り上がってるところ悪いけど、まだ諦めるには早いわよ」


 私はクリスティーヌに向き直った。彼は首をかしげる。


「変身薬は偽物だったんだろ? これ以上どうしようもねえじゃねえか」

「東の賢者は変身薬を把握してる、って言ったでしょ」

「まさか、薬のレシピを……」

「当然、知ってるわよ」


 だって、作った本人だからね!

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