約束はいらない
「とりあえず、クリスティーヌは私の別荘に来てちょうだい。私専属の魔法使いである東の賢者様は、今回のカトラス旅行にもついてきてるの」
「じゃあ、そこで薬の調合を頼めば……」
「あなたのための、本物の変身薬を作ってくれるわ。安心して、ディッツが面倒くさい、って言っても、作らせるから」
私がわざと冗談っぽく笑って見せると、クリスティーヌは泣きそうな顔で肩を落とした。
「ありがとう……助かる」
「変身薬もだけど、あなたのこの先の身の振り方とか……他にも力になれることはあると思うわ。うちにしばらく泊って、相談していかない?」
幸い、私とクリスティーヌは表向き女の子同士だ。
街中で偶然知り合って仲良くなった、とでも言い訳すれば別荘に泊めても問題ないだろう。
正直、薬の製造はともかくクリスティーヌの今後については全然何も考えてないんだけど、そこはうちの有能補佐官に丸投げするとして。
「わかった。そうする」
ようやくクリスティーヌの顔が自然な笑顔になった。私も経験したことだけど、抱えている秘密を相談できる相手がいると、すごく安心できるんだよね。
秘密を分けてもらえた側は、その信頼に応えられるだけのことをしなくちゃだけど。
「リリィ、クリスティーヌの話を聞いてからでいいんだけどさ」
私たちが笑いあっていると、シルヴァンが声をかけてきた。
「ボクの話もきいてくれる? 君に相談したいことがあるんだ」
シルヴァンの相談したいこと。
それはきっと、彼女の性別に関することだろう。彼女もまた、クリスティーヌと同じ悩みを抱えているのだから。変身薬が欲しいのは彼女も同じだ。
「コイツがリリアーナに相談したいこと……? んん……?」
彼女の言葉に含まれる微妙なニュアンスにひっかかりを覚えたのか、クリスティーヌが首をかしげる。
「そういえば、さっきも変身薬が欲しいって言ってたな……ということは、こいつってもしかして……」
「はい、詮索はそこまで。秘密があるのはお互い様でしょ」
「俺は正体がバレてるのに、ずるくねえ?」
「あなたは勝手に正体さらして歩いてたんでしょ。事情が違うんだから諦めてよ」
「ええと……それで、話は聞いてくれるのかな?」
「そうね。断るつもりはないけど、約束はしないわ」
「えっ」
シルヴァンが目を瞬かせる。
今までのやりとりで、まさか約束拒否とは思わなかったんだろう。
「勘違いしないで、約束しないだけよ」
「なんだそれ……」
「あのね、ピンチの時に『帰ったら〇〇する』って約束するのは、すごーく縁起が悪いの!」
だいたいそういうことを言ったイイ人ほど、その後とんでもないことになる。
現代日本では、それを死亡フラグと呼ぶ。
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