クリスティーヌ

 私が名前を呼ぶと、シルヴァンが顔を引きつらせ、銀髪の男の子『クリスティーヌ』がうろたえた。


「おま……っ、いきなり何を……!」

「王都から離れたこんなところに、シルヴァンそっくりの銀髪の子が都合よく何人もいるわけないでしょ。この子、クリスティーヌ様よ」

「リリィ、君だって港でクリスティーヌ様を見ただろう。顔は似ていたが、あんなに可憐な子が、こんなにガラの悪い奴になるとは……」

「あの時着てたドレスは、ふんわりとした体の線の出ないデザインだったでしょ。化粧して髪を結ったら、あれくらい化けられるわよ」

「し……しかし……クリスティーヌ様は……女の子……で……」


 それをシルヴァンが言う?

 とは思ったけど、そのセリフはギリギリのところで飲み込んだ。


 シルヴァンがまじまじと見つめていると、男の子は観念したのかぐいっと顔を上げた。


「ばれちまったらしょうがねえな。そうだよ、俺はクリスティーヌ・ハーティア。王様の妹殿下ってやつだ」

「ほ……本当に?」

「この状況で嘘言っても始まらねえだろ」


 チンピラのような風情で、クリスティーヌはあぐらをかく。

 その姿から女の子らしさは欠片も感じられない。


 でも、それが本来のクリスティーヌなんだよね……。


 彼女、いや彼はいわゆる『男の娘』キャラである。

 いやーゲーム初プレイのときにはびっくりしたわ。可憐な美少女親友キャラキター! って思ってたら、中身男の子だし。その上ガラが悪くて態度がチンピラで、秘密を知ったが最後、使い勝手のいいパシリとしてこき使われたからね。


「そんで? 変に勘のいいお前はどこのお嬢だよ」

「リリアーナ・ハルバードよ。後ろに控えてる子は私の護衛のフィーア」

「ハルバード……第一師団長のとこのワガママ娘か! 毎日風呂に入りたいからって、兄貴に瞬間湯沸かし器会社作らせたっていう」

「会社までは作らせてないわよ!」


 毎日風呂に入りたいとは言ったけれども!

 財政難を救うために新規事業が必要だったけど……兄様が事業拡大するのにあわせて、どんどん噂に尾ひれがついていく……。


「君は……どうして、女の子の恰好をしていたの……?」


 シルヴァンがおそるおそる尋ねた。まだ、クリスティーヌの素性が信じられないらしい。


「あー、お家事情ってやつだよ。貴族なら俺と王子のオリヴァーがほぼ同時期に産まれたのは知ってんだろ?」

「うん……まあ」

「前国王と、現国王。両方同時に男が産まれたら、内紛の種になるだろーが」

「少なくとも、ハーティアでの地盤を確かにしたい王妃様からは命を狙われるわよね」

「それで俺の母親は、俺を女として育てることにしたんだ」


 クレイモアと同じで、王家もまた男子継承が絶対の家だ。

 女として生まれた者に王位を継ぐ権利はない。


 家を継ぐために男になったシルヴァンとは反対に、王位継承権を放棄するために、クリスティーヌは女になったのだ。


「そ……そっか……うん。君が女の子として育てられた理由は、わかったよ」


 でも、そこでもう一つ疑問がうかぶ。


「どうして王妹殿下がそんな恰好で下町にいるのよ」

「それなー」


 クリスティーヌは頷くと事情を話し始めた。

 それを聞いて、私の顔から血の気が引く。


 ごめん。クリスティーヌを窮地においやったの、私だわ。



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