銀髪

 空き家から外を伺っていると、銀髪の男の子がやってくるのが見えた。

 彼は誰かに追われているようで、しきりに後ろを振り返りながら走っている。そのさらに後ろからは、男たちの怒鳴り声が響いてきた。


「銀髪のガキはあっちだ!」

「捕まえろ!」


 私はとっさに空き家から体を出して、男の子に声をかける。


「こっち!」


 男の子は、すぐに空き家へと体を滑り込ませてきた。

 私たちは元通りドアを閉めて、息をひそめる。


 しばらくして、何人もの男たちがやってきて、口々に怒鳴り合いをはじめた。


「畜生……見失った!」

「どうなってやがるんだ? ガキはあっちの職人街から逃げてきてるんだろ?」

「なんで反対方向から出てくるんだよ!」

「おいラウル! あいつで間違いねえよな?」

「わかるかよ……今は目が見えないんだ……クソッ、痛ぇ……!」

「ちっ、使えねえな」

「しょうがねえ、もう一度職人街に戻ってみようぜ」


 男たちは軽く相談すると、その場を離れていった。

 彼らの足音が完全に聞こえなくなってから、私たちは大きく息を吐く。


「な……なんなんだ……あいつら」


 銀髪の男の子は、埃だらけの床に座り込んで、荒く息を吐いた。

 着崩した安物のチュニックをはだけて、ぱたぱたと胸元に風を送る。


「あなた、どうして追われてたの?」

「わかんねぇ。歩いてたら突然、『銀髪のガキを捕まえろ!』って男に囲まれたから逃げてきたんだ。正直、ここに飛び込まなかったら捕まってたと思う。……どこの誰か知らねえが、ありがとうな」

「うーん、お礼を言うのは早いと思うわ」

「へ?」

「君が追われたのは、多分ボクのせいだよ」


 銀髪の男の子は顔をあげてシルヴァンを見た瞬間、びきっ、と固まった。

 うん、その気持ちはよくわかる。


 輝くような銀の髪、深い紫の瞳。

 シルヴァンと男の子は、まるで鏡で映したかのように、そっくりだった。


 ただ、着ているものと体格が違う。

 細い体を隠すように、ぴっちりと男物の騎士服を着ているシルヴァンに対して、男の子は安物のチュニックとズボンを着ていた。ラフに着崩したその襟元からは、男の子特有の首のラインと胸板が覗いている。

 シルヴァンと同じ中性的な美少年にも関わらず、最初から私が『男の子』と呼んでいたのはそのせいだ。


「お前……何モンだ?」

「ボクは、シルヴァン。クレイモア伯爵家の長男だ。君を追っていたのは、おそらくボクを殺そうとしている者たちだね」

「あ……クレイモア? そういうことか……」

「ボクからも質問していいかな?」

「あん?」

「君は何者なの?」

「あー……」


 シルヴァンから直球の質問を投げられて、男の子はガリガリと頭をかいた。

 多分、どうごまかそうか考えてるんだと思う。


 でも、私は男の子の正体を知っている。

 何か言い訳される前に、その名前を呼んだ。


「クリスティーヌ様でしょ、あなた」

「えっ……?!」


 今度は、シルヴァンの顔がびきっと固まった。

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