誰も見捨てない

「こちらへ!」


 フィーアの先導で、私たちは職人街の裏路地をひたすら走った。

 3人とも、この辺りの土地勘は一切ない。敵の気配を察知できるフィーアの感覚だけが頼りだ。


 ぐるぐると角を曲がったあと、人気のない空き家ばかりの路地の奥で、フィーアがやっと止まる。油断なく周囲を確認してから、ぼろぼろの家の中に私たちを押し込んだ。


「は、入っていいの?」

「どうせ無人です。避難所として問題ありません」


 いやそうじゃなくてね。

 持ち主がいたらとかね?

 ……まあ、中はほこりだらけだし、放置されっぱなしみたいだから、文句言ってくる人もいないか。


 正直、走りすぎてもう足がガクガクだったんだ。

 どのみち一息つかなきゃ、逃げられそうにない。


「武器屋には戻れそう?」

「駄目です。間に人を配置されました。戻れば、囲まれて捕らえられます」

「進むしかないか……!」


 シルヴァンが悔しそうに唇を噛む。


「ラウルを雇ったのは、おそらく叔父の誰かだ。前々から、ボクを排除してクレイモアの実権を握りたがっていたから。実を言うと、見合い話の原因も叔父たちなんだ……。彼らは、ボクが女なんじゃないかという、荒唐無稽な妄想を抱いているみたいでね」

「叔父様方に跡取の座を明け渡すことはできませんか? 見逃してくれるかもしれませんよ」

「フィーア!」


 トンデモ解決策を提案するフィーアを思わず咎める。

 確かに提案のひとつだけどね? 多分無理だと思うよ?


「それはできない」


 シルヴァンも首を振った。


「ボクはクレイモアの血族として、領民と騎士、そして国に責任がある。蓄えられた財を食いつぶすことしか考えていない人間に、任せることはできない」

「だとしたら、何としても生きて戻るしかないわね」

「狙われているのは、あくまでもボクだ。リリィはここで離れたほうがいいかもしれない」

「こんな土地勘のないところで、子供ひとり置いておけないわよ」


 窮地の孤独感は、人から判断力を奪う。

 戦闘訓練をうけた18歳のフランでさえ、護衛を全部殺されてひとり残されたら、判断を見失って『俺を殺せ』とか言い出したりするんだから。

 騎士として育てられたとはいえ、トラブル経験のほとんどない13歳がひとりで逃げたらどうなるか、考えなくてもわかる。

 私もめちゃくちゃ大人ってわけじゃないけど、何度か命を狙われて場数だけは踏んでいる。彼女が自暴自棄になるのを止めるくらいはできるはず。


「どうせ、あいつらはラウルの正体を知ってしまった私も殺す気でいるわ。別れたところで、結果は一緒よ」

「……ありがとう。護衛の君にも迷惑をかけちゃうけど、助けてほしい」


 シルヴァンが声をかけると、フィーアは首を振った。


「私は、ご主人様が誰も見捨てなかったから生きているのです。ご主人様の救いたいという意志を止めたりはしません」

「……リリィはいい部下を持ったね。うらやましい」


 シルヴァンは乾いた笑顔を浮かべる。


「大丈夫よ。今回は裏切られちゃったけど、誠実に頑張ってれば必ず頼れる味方は現れるわ」

「無理に励まさなくてもいいよ?」


 ついさっき古参の護衛騎士に裏切られたばかりのシルヴァンは、あまり信じてくれない。お見合い旅行に連れてくるくらいだもん、シルヴァンだけじゃなく、クレイモア伯からの信頼もあつかったんだろうなあ。

 そんなキャリア充分な騎士が、なにもこんな時に裏切らなくてもよくない?

 ……まあ、こんな時だからチャンス到来とばかりに裏切ったんだろうけどさー。


「無理なんかじゃないわ、私の実体験よ。筆頭執事と騎士隊長と地方代官に裏切られて、部下の大半を失ったけど、がんばってたら頼りになる補佐官が現れて、ハルバードはなんとか持ち直したもの」

「それはすごいね……」


 私は大きく深呼吸する。

 なにはともあれ、3人そろって生き残らなくちゃ。

 そのためにはまず、一番体力のない私が息を整えて回復しないと。


「フィーア、外の様子はどう?」

「今のところは……いえ、ちょっと待ってください」


 フィーアのネコミミがぴくんと動く。


「反対方向から人が……」

「追手か?」

「それにしては……何かおかしいです」


 私は、ぼろぼろの空き家の窓から外を覗いた。そこには、こちらに向かって全力で走ってくる、銀髪の男の子の姿があった。




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