辻馬車

 マリクのことはジェイドにまかせて、私たちは武器屋から出た。


 現在のメンバー構成は、私、シルヴァン、フィーア、に護衛騎士ふたりをあわせた総勢5人だ。デートに繰り出した時とは違い、フィーアも護衛騎士も、私たちにぴったりとついて歩いている。何かあったときにフォローしてくれる仲間が少ないもんね。


「辻馬車を捕まえてきます、こちらでお待ちください」

「頼む、グレイ」


 大通りまで出たところで、護衛騎士のひとりがそう言って私たちから離れた。

 辻馬車、っていうのは家や組織の専属じゃない馬車のこと。いわば、この世界版のタクシーだ。女子供の足でゆっくり歩いてたら、別荘につくまで時間がかかりすぎてしまう。馬車でも使わないとやってられない。


 来るときはお互い自分の家の馬車を使ってここまで来たんだけど、現代日本と違ってこの世界には駐車場なんてものはない。でっかい貴族むけの馬車を職人街の真ん中に停めっぱなしだと迷惑になるから、一度帰しちゃったんだよね。当然、迎えの時間まで家の馬車は来ない。


 私は護衛騎士グレイが向かった方向を見る。今は人通りの多い時間帯なんだろうか? 来た時より増えたように見える人の波にもまれて、彼の姿はすぐに見えなくなった。

 残った私たちは、周囲を見回しながら彼の帰りを待つ。


 でも……。


「遅くない?」


 しばらくしてから、私はシルヴァンに声をかけた。彼女も厳しい顔で頷く。


「土地勘のない場所で、馬車の手配に手間取っていると、思いたいが……」


 この状況で、最悪のことを考えないほど、私たちは油断してない。

 感覚の鋭いフィーアの意見を聞こうと、声をかけようとした瞬間、彼女のネコミミがぴくん、と動いた。


「おふたりとも、こちらへ!」


 彼女は私たちの手をとると、強引に裏路地へと入っていく。


「フィーア?」

「待ってよ! グレイがまだ戻って……」

「彼は戻ってきません」


 走りながら、フィーアが断言する。


「辻馬車に声をかけようと気をそらした瞬間、物陰に隠れていた何者かに刺されました」

「どうしてそんなことがわかる?」


 急に裏路地へと駆け出した私たちを追って、あとからやってきた護衛騎士ラウルが尋ねる。


「彼の悲鳴が聞こえましたから」


 私とシルヴァンを路地の奥へと押し込みながら、フィーアが答える。彼女は、護衛騎士に立ちはだかるようにしてナイフを構えた。


「は、獣人っていっても、あんな人混みの先の声まで聞こえるものか?」

「私は特に感覚が鋭いので。それに……悲鳴以外の言葉も聞こえましたよ。『ラウルの合図でガキを殺ろう』というセリフが」

「な……」


 シルヴァンが息をのむ。

 ……ラウルって、今目の前にいる護衛騎士の名前だよね?


「ちっ……さすがハルバード家の護衛、ってことか。ガキだと思って油断したぜ」


 護衛騎士の目に凶悪な光がともる。

 そこに、さっきまで私たちに見せていた気遣いは一切残されていなかった。


「ラウル……?」

「あんたに生きてられたら面倒だ、って方がクレイモアの親戚にいてね。旅行で護衛が減った時を見計らって、殺してこいって依頼されてんだよ」

「何故こんなことを? お前は十年以上もクレイモアに仕えてきた騎士だろう!」

「騎士たるもの清廉たれ、っつー騎士の鑑みたいなジジイの下じゃ、甘い汁もろくに吸えないもんでね。ハルバードのご令嬢と結婚でもすりゃあ、懐も潤うっていうのに、そんな気はねえと言い出すしよ」

「馬鹿ね。あと半年もすれば、ハルバードから支援金が入るのに」

「なに?」


 ラウルが『金』の言葉に気を取られた瞬間、フィーアが動いた。

 警戒を誘うようにちらつかせていたナイフとは反対の手で、ポケットから小瓶を取り出し、ラウルに投げつける。それはラウルの顔に当たった瞬間、勝手にはじけて中身をぶちまけた。


「ぎゃああっ! 目がああああああっ!」


 東の賢者特製の目つぶし薬だ!

 現代の薬品だけの催涙弾と違って魔法がかけてあるから、洗っただけじゃ治らないぞ!


「走りますよ!」


 フィーアの声に追い立てられるようにして、私たちは走り出した。



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