精霊銀

「ミスリル……っていうと、おとぎ話に出てくる伝説の金属じゃなかったっけ?」


 鍛冶職人マリクの求める金属の名前を聞いて、シルヴァンが首をかしげた。


「一応、実在する金属よ。王城の地下で厄災を封じている建国王の剣が、ミスリルでできてるはずだから。あんまり珍しすぎて、どんな金属なのかよくわかってないけど」

「師匠によると、組成自体は普通の銀と変わらないそうです。ですが、何万年も高濃度の魔力にさらされた結果、異常に魔力の循環特性が高くなっているようです」


 東の賢者の愛弟子、ジェイドが補足説明してくれる。


「ミスリルが欲しい、って。まさか王城に忍び込もうっていうんじゃないわよね?」

「ち、ちがうだ! オラが探しているのは、ミスリルの鉱脈だ!」

「そんなもの、あるの?」


 私もシルヴァンも、そして聞いていた他の従者たちも目を見合わせる。


「本当だ! お、オラ、何十年もかけて世界中の大地の魔力の流れを調べただ! その中に銀の鉱脈と魔力の終結点が重なってるところがあるだよ! ほれ、これを見てくれ!!」


 マリクは懐からぼろぼろの羊皮紙を取り出した。

 そこには大地の形の上に魔力の流れを表すらしい線がいくつも書き込まれている。それらは、ハーティア東部のある1点に収束している。


「ここって……クレイモア領の中よね? でも、そんなところに銀鉱脈って無かったような……」


 領主代理としてハーティア各地の特産品は把握しているけど、クレイモアから銀、という話は聞いた覚えがなかった。そう思ってシルヴァンを見たら、彼女の顔は青ざめていた。


 え?

 マジでクレイモアに鉱脈あるの?


「……ある。採算がとれなくなって、何百年も前に閉鎖された場所だけど」


 なるほど、すでに資源が尽きている鉱脈なのか。だから、クレイモアの歴史に詳しい人間しか、その存在を記憶していないのだ。

 マリクは外国人にも関わらず、そのありかを正確に言い当てた。魔力の流れについてはともかく、鉱脈を探し当てる技術は確かなようだ。


「こんなところからミスリルが……?」

「ある! 絶対でてくるはずだ!」


 さっきまで死にそうだったはずのマリクが、シルヴァンに向かって必死に声をあげる。

 彼にとっては、ミスリルこそが命のよりどころなのだろう。


「あんた、クレイモアゆかりの貴族なんだろう? 頼む! オラにこの鉱脈を掘らせてくれ!」

「しかし……」

「もう閉鎖されてるってんなら、無用の場所だ。掘りなおしたって損にはならねえだろ? できたモンは全部あんたにおさめるから!」

「ミスリルがほしいんじゃないのか?」

「オラはただ、一生に一度だけでもミスリルで武器が作ってみてえ、それだけだ!」

「……困ったな」


 シルヴァンはうーん、とうなったあと、護衛騎士たちに視線を送った。彼らもまた、困り果てた視線を主人に送る。

 シルヴァンは確かにクレイモア家の跡取だ。

 しかし、所詮まだ子供。

 領地の重要資源施設に外国人を連れていくような権限はない。


「……恐れながら」


 フィーアが静かに口をはさんだ。


「彼のようにひとつのことに執着しているタイプは、目的のために手段を選びません。ここで強制的に国外へ退去させても、何らかの手段で戻ってくるでしょう」

「その時にまた、誘拐されないとも限らないわね」


 それでまた呪いの武器を量産されたら元も子もない。

 シルヴァンはさらにもう一度、うーん、とうなる。


「ここで放り出すのは得策じゃない、ってことだよね。どうしようかな」


 人ひとりの人生の判断は、13歳の子供の手にあまる。

 私も、自分の領地の問題だったら、自分の責任で判断できるけど、これはクレイモアの問題だ。下手なアドバイスをして、両家の関係がこじれたら困る。


 私は再び沈黙した。


 考えろ。

 こんなとき、私の相棒ならどうする?


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