有能な悪役ほど迷惑なものはない

 私とシルヴァンは、翌日も元気よくカトラス観光に繰り出した。

 目的地は約束通り、カトラスの職人街だ。


「職人の街って聞いたけど、商店街みたいな雰囲気だね」

「表に見えている店舗は、ショーケースみたいなものなんですって。店の奥に行くと、職人が働いている工房があるらしいわ」

「なるほど……」


 私は補佐官から仕入れた知識を披露する。シルヴァンは興味深そうにそれぞれの店を覗き込んだ。そこには、王都でも見かけるようなスタンダードな剣に加えて、複雑怪奇な形をしたナイフなどが並んでいる。


「これ、どうやって使うのかしら」

「投擲用のものみたいだね。多分、輸入品だと思うよ」

「貿易港ならではの品物ね」

「ひとつ買ってみたいけど、ちょっと高いかな」


 値段を見て、シルヴァンの顔が残念そうなものになる。


「クレイモア家は歴史が古いけど、あまり懐は豊かじゃないんだよね……」


 結婚するつもりはない、とお互いわかっているせいかな? シルヴァンは見合い相手には明かしちゃいけないことまで、明かしてしまった。

 まあ、その件はシルヴァンが暴露しなくても、知ってたけどね。


 ハーティア東の国境を守るクレイモア領は、国境ぞいに険しい山があり、決して実り豊かな土地ではない。その上、ひとたびアギト国と戦いになれば、真っ先に戦地となるため、移住希望者は少ない。だけど、隣国からの侵略を止めるには、常に精強な軍隊を配置しておかなくてはならない。

 維持費のかかる騎士たちを抱えながら、やせた土地で暮らす彼らの財政は基本赤字なのだ。


 買えないとわかっていても、武器を見るだけで楽しいらしい。目を輝かせながら歩くシルヴァンを観察していると彼女の視線が、ある店のショーケースで止まった。職人街の中では、ややグレードの高い店だ。

 一緒になって店を覗き込むと、そこには一目で出来がいいことがわかる武器が並んでいた。細工は無骨だけどその品質は他店と一線を画している。


「いいお店ね」

「ボクもそう思う。でも、ちょっと値段の桁が違うよ。別の店に行こうか」

「いいじゃない、入りましょ」

「え……」

「せっかく旅行に来たんだし。気に入ったものがあれば、プレゼントしてあげるわよ」

「えええええっ」

「いいからいいから!」


 クレイモア家は、騎士に対して税が少なく、そのままでは赤字でつぶれてしまう。しかし、国全体として、彼らに財政破綻してもらうわけにはいかない。クレイモア家がつぶれたら、次に侵略されてつぶされるのは王都だ。だから国をはじめとした諸侯からは、毎年軍事費として多額の支援金が渡されている。


 うちも、支援している貴族のひとつだったんだけど。


 アギト国のスパイだったクライヴが、毎年何かと理由をつけて、ちょっとずつ支援金を減額してたんだよね……。帳簿チェックをしてて、支援額が元の半分になってるのを見たときには、マジで頭かかえたもん。

 クレイモア家に弱体化してもらいたいアギト国スパイとしては、減額一択だよねえ……。

 ハルバードほどの大侯爵家からの支援が滞ったら、クレイモア家は大打撃だ。

 だから、クレイモア家の財政危機はうちの責任、とも言える。


 本来、即刻お詫びの品を持って、お金を納めに行く事案だ。しかし、クライヴの不正が発覚してから2年たった今も支援金はさほど増額できてない。それはなぜか。

 うちも結構ヤバかったのだ。

 賄賂を贈りまくる執事に、運営費を着服する騎士隊長、私腹を肥やす悪代官……中間管理職がこぞって税収を中抜きしまくったら、さすがの大領主でも傾きますって。

 スパイを一掃して悪代官を全員身ぐるみ剥いでたたき出してもまだ足りない。兄様が『魔力式瞬間湯沸かし器』で一山あててくれなかったら、何年もしないうちに財政破綻してたと思う。


 今年になって、やっと財政が元の水準に戻ったから、機会を見て支援を再開する予定だ。とはいえ、迷惑かけちゃったから、何かお詫びの品は渡したい。


 そう思って入った店で、私は予想外の出費をする羽目になった。

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