負けイベント
「……ということだったんだ」
「すごいですね……! さすがハルバード侯爵です」
シルヴァン・クレイモアと顔合わせをして、レストランのテーブル席についてから15分。クレイモア伯と父様とシルヴァンは、運ばれてきたお茶やお茶菓子そっちのけで、話し込んでいた。話題は主に父様とクレイモア伯の武勇伝。娘の私も聞いてなかったようなトンデモ話を、シルヴァンが目をきらきらさせながら聞いている。
その間、私が何をしていたかというと、お茶をすすりながら時々「ああ」とか「そう」とか適当な相槌を打ったくらいだ。
あっれー?
今日って何のための集まりだっけー?
私とシルヴァンのお見合いじゃなかったかなぁー??
なんで令嬢そっちのけで男(?)3人が盛り上がっているのさ!!
父様のことを尊敬してくれてるのは嬉しいけど、今日お話しすべき相手は、その隣の女の子ですよおおおおおお!!
自分自身このお見合いを利用する気満々で、付き合う気がさらさらなかったとはいえ、この仕打ちはないと思うの。
さーてどうしてくれようこの人たち。
特にシルヴァン。
ここで「私ともお話して!」って言うのは簡単だ。
まだ子供なシルヴァンはともかく、父様とクレイモア伯はそれなりに常識を持った大人だから、私のツッコミを受け入れて話題を変えてくれるだろう。
でも、あこがれの騎士とのおしゃべりを止められたシルヴァンはどう思うだろう?
絶対悪い印象が残っちゃうよね。
男女の恋愛なら、例え悪印象であってもアピールする必要があるだろう。
でも、私は恋人になりたいわけじゃない。
シルヴァンと友達になりたいんだ。
考えこんでいると、保護者代理の立場で同席しつつも、気配を殺して静かにしていたフランが、そっと私に耳打ちした。
「エサを与えろ」
ほうほう。
あえて、シルヴァンがもっと夢中になるものを与えてしまえと。
今日のところは好感度上げを諦めて、次の機会につなぐ作戦ね。
乙女ゲームでもたまに見かけたなー。その場では絶対パラメーターが変動しない負けイベント。
そうと決まれば、次の一手だ。
「うちの孫は、剣術バカでなあ……ワシが止めないと鍛錬ばかりしとるんだ」
「その成果はでているんじゃないですか? 年齢の割に体幹がしっかりしている」
「あ……ありがとうございます!」
「ねえ、シルヴァン様ってどれくらい強いのかしら」
私は笑顔で会話に突撃した。
クレイモア伯は、ふむ、と自分の孫を見る。
「身内のひいき目を抜きにしても、才能のある子だよ。同世代の騎士の中ではほぼ敵なしだな」
「同世代の中では……大人と比べるとどう違うんですか?」
「うーん、まだまだ体ができてないからなあ、比較しづらい」
「……そうだわ! お父様、シルヴァン様と戦って!」
「ん?!」
「実際に戦っているところを見せてもらえば、大人と比較した強さがわかるはずですわ」
「ボクが、ハルバード侯爵と……?」
かあっとシルヴァンの顔に血が上った。
その顔はかわいいが、決して乙女な反応ではない。
強者との勝負の予感に、気分が高揚しているのだ。
シルヴァンは筋金入りの騎士バカだ。
あこがれの騎士との手合わせ以上に嬉しいものはない。
「い……いや……そんな不躾な……ハルバード侯爵もご迷惑でしょうし……」
そう言いつつも、口元めっちゃ緩んでるぞー。
一目見た時から戦いたくてうずうずしてたなー?
「父様は迷惑じゃないわよね?」
「まあ……そうだな。リリィが見たいというのなら、戦ってみせようか」
「い、いいんですか……! 光栄です! ぜひ手合わせしてください!!」
思わず頭を下げるシルヴァンを横目に、フランがこっそり席を立つ。
レストラン側に、模擬戦闘の許可をもらいにいったんだろう。現代日本のファミレスと違って、ここは貴族向けの超高級レストランだ。お客はうちを含めて数組程度しかいないし、広い中庭もある。すぐに、場は整うだろう。
今日はもうお見合いって雰囲気じゃないし、この際開き直って最強騎士と騎士の卵の戦いを楽しむとしますか!
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