最強騎士と騎士候補
高級レストランのスタッフのおかげで、父様とシルヴァンの対決の場はすぐに整えられた。優秀な彼らは、広い中庭にテーブルとティーセットを運んで、臨時観客席まで作ってくれる。高級店のホスピタリティ、半端ない。
私たちが見守る中、父様とシルヴァンが向かいあう。
いきなり勝負することになったから、ふたりとも、持っているのは腰に差していた真剣だ。
それって危ないんじゃないの? とは思ったけど、クレイモア伯もフランも誰も何も言わなかったから、口がはさめなかった。
どっちも優秀な騎士だから、死ぬようなことはない、ってことなんだろうか。
ふたりが、剣を構えたところでクレイモア伯のはりのある声が響いた。
「はじめ!」
そのとたん、シルヴァンが動いた。
放たれた矢のように、一直線に父様に向かっていく。父様はほとんど動くことなく、シルヴァンの剣をいなしてみせた。
バランスを崩されて、シルヴァンはたたらを踏む。
でも、すぐに体勢を整えてまた向かっていった。
いなされては立ち向かう。その繰り返しだ。
「シルヴァン様、確かにお強いですね」
私が言葉をこぼすと、クレイモア伯がおヒゲの口元を緩ませた。
「ほう、リリアーナ嬢はあれがわかりますか」
「時々お城の練兵場を見学してますから」
シルヴァンの剣は、速く、そして鋭い。その上、何度打ち合ってもさらに踏み込んでいけるスタミナがある。うちの城でも、同世代でシルヴァンと同じくらい戦える騎士候補はいないと思う。
どきどきしながら見守っていると、突然戦いの流れが早くなった。
うまく表現できないんだけど、急にシルヴァンの攻撃が父様の懐に誘いこまれるように動き始めたのだ。
「ユリウスの指導が始まったな」
クレイモア伯が笑う。
「指導、ですか?」
「戦いながら、より良い動きを指南するのだよ。うちのシルヴァン相手に、真剣で打ち合いながらあれをやるとは……ユリウスめ、どこまで強くなったのやら」
さすが父様。
試合するどころか、そのまま指導を始めるとか、相変わらず強さの次元が違う。
「そこまで!」
何度も刃を交え、ついにシルヴァンの足元がふらついたところで、クレイモア伯の声がかかった。
「あ……ありがとうござい……ました……」
シルヴァンは息を切らせながら父様に礼をする。しかし、その直後に床にへたりこんでしまった。対して、父様は汗ひとつかいてない。異次元の実力差に、娘の私は苦笑するしかない。
私は席を立つとシルヴァンのもとに進んだ。
滝のように汗を流しながら、必死に息を整えているシルヴァンにタオルと水を差しだしてあげる。
「ありがとう。君は……」
水を受け取ったところで、シルヴァンの紫の瞳が私を見た。
「リリアーナ・ハルバードよ。今日、あなたとお見合いするはずだった、ハルバード侯爵の娘」
自己紹介してあげると、シルヴァンはひゅっ、と息をのんだ。
それから戦闘の高揚とはまた別の意味で顔を真っ赤にして、一気に真っ青になった。
ようやく、今日の集まりがどういう目的で、目の前の女の子がどういう立場なのか理解したみたいだ。
「ご……ごめんなさい……!」
お見合いという場でありながら、これ以上ないくらい失礼な行動をとったことに、今更気が付いたのだろう。シルヴァンはタオルと水を握り締めたまま固まっている。
はっはっはー、君の敬愛する侯爵の、大事な大事な愛娘に失礼働いて、ただですむと思うなよー。
「ゆ、許して……」
「だめ、許してあげない」
「どうしたら……市内10周でも、スクワット100回でもするから……!」
「そんなのじゃつまんないわ」
「まさか……一週間肉ぬきとか!」
おいクレイモア家。
普段跡取にどんな罰与えてるんだ。
「明日から7日間、カトラス観光につきあって」
「そんなことで……いいの?」
その程度の罰だとは思ってなかったらしい、シルヴァンは紫の目をまん丸にして私を見つめた。
「私たち、会ったばっかりじゃない。これっきりになるなんてもったいないわ。父様はもう帰るみたいだし、明日もう一度ゆっくり話しましょ」
「うん……!」
私が手を差し出すと、シルヴァンは笑って握手してくれた。
「リリアーナ嬢が大人で助かったよ。明日はシルヴァンに迎えに行かせるから、好きに連れまわしてくれ」
「はい、そうさせてもらいます、クレイモア伯」
クレイモア伯は笑って、シルヴァンと一緒に帰っていった。
よし! 悪印象は残さず、次の約束ゲットだぜ!
シルヴァンとの友情作戦はまずまずの成功と言っていいんじゃないかな!
「あとは……」
突然人の作戦をぶち壊してくれた父様をどうにかしないとね!!!!
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