世界救済同盟

「私と聖女が15歳になる4年後、王都に大きな地震が起きるの」


 私は未来で必ず起こる、最も重要な出来事を伝えた。


「その地震自体はすぐにおさまるわ。でも、それが原因で王城の地下深くで厄災を封じている聖女の力が弱くなってしまうの」

「弱くなるだけか?」

「元がすごく強力な封印だからね、ちょっとヒビが入ったくらいじゃすぐには壊れないわ。でも、厄災にとってはそれで充分。ゆっくりと月日をかけて削っていって、さらに3年後に封印が完全に解き放たれてしまうのよ」


 それを聞いて、フランの眉間にきゅっと皺が寄る。


「もし伝説が事実なら、大災害になるな……」

「世界は普通に滅ぶと思うわ。でも、厄災に対抗する力も同時に生まれるの」

「それが聖女だな」

「ええ。私の目標は伝説の再現。聖女が勇士をまとめて世界を救うための、お膳立てをすることよ」


 フランは首をかしげる。


「お前自身が世界を救うんじゃないのか?」

「厄災を封じるのはあくまで聖女の仕事。ただの悪役令嬢が恋をしても、厄災を封じるような力は出ないもの」

「……努力しておいて、最後の最後は人任せか? だったら最初から聖女に生まれていればいいような気がするが」

「それじゃ手遅れになっちゃうからねえ」

「地震から封印が破られるまでには、3年の猶予があると言ってなかったか?」

「ううん、そっちは大丈夫。手遅れになるのは勇士候補のほう」


 フランは目を瞬かせる。まだ少しぴんときてないみたいだ。


「んー、ゲームの通りの歴史だと、マクガイアの事件で宰相閣下もマリアンヌさんも死んでたのよね」

「なに」


 フランがぎょっとして顔をあげる。

 まあまあ、そんなことにはならなかったんだから、いいじゃない。


「有能な宰相閣下と跡取が死んだあと、分解しかかった家を支えるためにフランが無理やり宰相になるんだけど……そんな状況で聖女に『世界を救う手助けをしてください!』って言われて、参加する余裕あると思う?」

「ないな」

「ハルバード家も似たような感じで、ゲーム通りなら私は王子様の婚約者として王宮をひっかきまわしてるし、父様と母様はマシュマロボディでのほほんと執事に操られたまま、家嫌いになった兄様はアギト国に亡命しちゃうの」

「それはなかなかの悪夢だな……」

「他の7家も同じよ。それぞれ問題を抱えてて、世界救済どころじゃないの」

「同じも何も……ダガー家は随分前に断絶してなかったか?」


 そういえばそんな家もあったな。

 まあそれはそれで別のフォローを考えるとして。


「で、事前に悲劇を食い止めるために、ハルバード家の令嬢になったわけ」

「あらかじめ対策するために子供時代から介入する、という意図はわかるが……やはり聖女以外になる必要性が見えてこないな。聖女としても幼少期から活動できるのは変わらないと思うが」

「今の聖女の家は地方の貧乏貴族だからねえ。15歳で王立学園に入学するまでは、領地から出ることすらできないもん。そんな状況で侯爵家や宰相家の悲劇を止めるのは無理でしょ」


 私の意見を大人が聞いてくれるのは、ハルバード侯爵家の令嬢だからだ。

 平等の意識のないこの世界では名門お金持ちのお嬢様、という肩書ほどチートな武器はない。


「……そういうことか」


 ふう、とフランがため息をつく。

 いろいろ話して疲れた私もティーカップを持つ。お茶はすっかり冷えてたけど、今はそのほうが心地よかった。


「だいたい秘密は話したつもりだけど、フランはどうする? 一緒に世界を変える? それともやっぱりやめておく?」


 私はもう一度フランに尋ねた。

 覚悟はあるって言ってたけど、こんなトンデモ話を聞いたあとで、同じ思いでいられるかどうか、わかんないもんね。


「俺がこの話から降りるわけないだろうが。……むしろ、内容を聞いてますます放っておけなくなった」

「え? どこが?」

「こんな国家レベルの問題を、お前みたいな普通の子供がひとりでどうにかできるわけがないだろうが! 今回はうまくいったからいいものの、このまま突っ走ってたらいつか絶対失敗して死ぬぞ!」

「や……でも、メイ姉ちゃんはいけるって言ってたし……」

「世界を救う才能のない神の言うことを鵜呑みにするな」


 あーそれ神への冒涜っていうんだからねー!

 正論だと思うけど!


 はあ、と大きくため息をついてからフランは私に手を差し出した。


「これからは、俺が味方になる。ひとりで何かする前に俺に相談してくれ」

「世界を救う相棒だね」


 私はその手を握り返す。


「改めて約束しよう。お前が足掻く限り、俺はどんな手段であっても手を貸そう」

「うん! 一緒に頑張ろうね!」


 正直な気持ちを言うと、世界を救うなんて大それたことをひとりで抱えるのは苦しかった。フランみたいに頼りになるひとと秘密を共有できるのは嬉しい。

 そう思った瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。


「あ……あれ?」


 唐突に流れ出した涙は、あとからあとからあふれてきて、止めようとしても止められない。


「なにっ? ……嫌……だったか?」

「ううん、違うの。フランが味方なんだって、ほっとしたら急に涙が出てきて……」

「……無理のしすぎだ」


 むっつりと不機嫌な顔のまま、フランは懐からハンカチを出した。柔らかなそれで、私の涙を丁寧に拭ってくれる。


「お前は、自分で思っている以上に気を張っていたんだろう」

「そっか……」


 無理をしている。

 それを知った瞬間から、ずしりと体が重くなった。

 私は、自分でも気づかないうちに、自分の負担を無視していたみたいだ。

 無視してても大丈夫だからそうしてたわけじゃない。

 自分に無理があると気づいてしまったら、立ち上がれなくなる。これ以上無謀な戦いに立ち向かっていけなくなる、ってわかってたからあえて見ないようにしてたんだ。

 私はなんて無茶をやってたんだろう。こんなんじゃ失敗して当然だ。


 よしよしと頭をなでるフランの手が気持ちいい。

 これからはひとりじゃない。信頼できる味方がいる。

 その事実は私に大きな安心を与えてくれていた。

 もちろん彼だって万能の守護者ってわけじゃない。できることには限界がある。

 でも何かあったときに意見の言える相手がいるのといないのとでは、大違いだ。


 緊張で冷えていた体がじんわりとあたたかくなってくる。

 こんなに頼りになる相棒ができたんだから大丈夫。

 きっと世界は救える。


 まずは、ハルバード領を安定させて他の7家と協力できるようにしなくちゃね。来年の兄様卒業後にはすぐに動けるよう準備しておこう。



 気合をいれていた私は、その時全く予想していなかった。

 まさか、兄様が王立学園を卒業するまでに3年もかかるなんて……。







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 ということで、フラン編もとい、悪役令嬢領地暗躍編終了です。


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