本物の騎士

 ターレスの剣は、フランに振り下ろされることはなかった。

 いや、振り下ろされはした。でも、その直前で何者かがその切っ先を叩き切ったのだ。


「誰が、何だって?」


 戦場に涼やかな声が響いた。

 争っていたはずの騎士たちも、思わず手を止めてその声の主を見る。


「誰がなんだって? 言ってみろ、ターレス」

「だ、旦那、様……っ」


 そこには、ユリウス・ハルバード侯爵が静かに立っていた。だらりと降ろしたその手には、ぼんやりと赤く光を放つ炎の魔法剣が握られている。

 単に剣を持って立っているだけ。それなのに誰よりも恐ろしい。


「ターレス、それからお前たち。死にたくなければ今すぐ剣を下ろせ」


 父様に睨まれた騎士たちは、次々に手から武器を落とした。あまりの恐怖に、戦う気すら失せてしまったらしい。


「うわああああああっ!」


 いや、ただひとりターレスだけが懐に差していた短剣を持って襲い掛かった。父様は表情一つ変えることなく剣を振るい、ターレスの短剣を斬って捨てた。ついでとばかりに腹に膝を入れ、あっさり気絶させてしまう。


「もう向かってくる者はいないな? ……ジェイド、全員に縄をかけろ」

「わ、わかりました!」


 ジェイドがあわてて動き出す。ディッツも一緒に走っていったから、手伝ってくれるつもりなんだろう。ひとりでこの人数を拘束するのは大変だ。


「お父様! どうしてここに?」

「どうしてって……お前が手紙を出したんだろう。『最近変な男の子に好きだって付きまとわれて困ってるの』って」

「出した……けど」


 私が出したのは、なんというか、小学校で困った男子がいるのーくらいのノリの手紙だ。執事なら一笑に付して片付けてしまうような幼稚な内容。

 そんな子供の他愛もないお話を真に受けて、領地に飛んで帰ってくるのはお父様くらいだよ?


「城に戻ってきたら、至急の用件ができたとかで先に戻ったはずのクライヴはいないし、騎士団は誘拐されたお前たちを探しに出たというし……」

「それで追いかけてきたの?」


 こく、と頷く父様。

 変な手紙をもらって領地に帰ってきたら子供の誘拐騒ぎだもん。そりゃびっくりして飛び出すよね。


「街道を馬で走っていたら、ちょうどこの辺りから異様な音と光がしてな」

「派手に大立ち回りをしていましたからね」

「それに、以前リリィが屋敷で爆発させたあれ……スタングレネードだったか、あれによく似た音がしたから、ここだと思って来たんだ」


 苦し紛れの閃光手榴弾だったけど、役に立ってくれたらしい。

 私たち兄妹の無事を確認して、ほっと笑顔になった父様はくるりとフランの方を向いた。


「それで、リリィにつきまとっているのはお前か?」


 父様の目がフランを捉える。

 そこにはターレスに向けたのと同じレベルの殺意が宿っていた。

 やばい、マジで『娘に変な虫がついた!』って思ってる!


「ち、違うの、それは誤解! フランはむしろ命がけで私を守ってくれたの!」

「そうか?」

「うん、大事なお友達なの! 殺しちゃ駄目!」

「……」


 いい意味でも悪い意味でも、権力に無頓着な父様は、娘に害ありと思ったら宰相家を敵に回してでもフランを殺しかねない。

 せっかく守り通したのに、こんなところで死なせるわけにはいかない!


「傷つけたら、お父様とは口きいてあげない!」

「……………………わかった」


 ようやく父様は剣を鞘にしまった。

 最強騎士心臓に悪い。


「父様、細かい話はあとで話します。まずは、この事態の収拾をつけないと」

「そうだな。ターレスにクライヴに……ハルバードの主要メンバーが裏切り者とは、大変なことになったな……」


 私たちは、累々と転がる暗殺者と騎士たちを見て重い溜息をついた。




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