後始末までが遠足です

 クライヴたちスパイを拘束して、城に戻ってから一週間後。

 私たちは地獄を味わっていた。


「兄様、朝渡されたぶんの書類は処理できたわよ」


 私は執務机に向かって仕事をしている兄様の目の前に書類を置いた。顔をあげた兄様はすぐ脇に重ねておいた書類の束を私に渡す。


「ありがとう、次はこっちをやってくれるかな?」

「……お祭りの協賛金ね。企画の精査もしておいたほうがいい?」


 私からの提案に、兄様はほっとしたような苦笑いを浮かべる。


「お願い。最終チェックはこっちでやるから」

「はーい」


 私の用件が終わると、今度は父様だ。


「アルヴィン、この予算計画書だが……」

「それはもうチェックが終わってるので、父様はサインさえしていただければ結構です。終わったら練兵場のほうをお願いできますか」

「わかった。後は頼む」


 父様は自分のデスクに戻ると、必要な箇所にサインをする。終わると同時に、騎士たちをまとめる仕事へと足早に向かっていった。

 その後ろ姿を見送っていると、別のデスクで作業をしていたフランが手を上げる。


「アルヴィン、騎士団運営費の補正予算案ができたぞ。そっちに……」

「ああ、先輩は立たなくていいですよ。まだ足が治りきってないんですから」

「私が運んであげるわ」


 私は席を立つと、フランの作った書類を兄様のデスクまで運ぶ。

 治りかけの状態で森を走り回った上、ターレスに足を蹴られたフランはいまだに松葉づえ生活を送っていた。城に戻って改めて検査したら、くっついたはずの骨にヒビが入ってたんだよねえ。フランの足は災難続きだ。


「しかし……部外者の俺が予算案策定にまで関わっていいんだろうか」

「しょうがないじゃない、人手が足りないんだから! 生きてるなら部外者だって使うわよ」

「クライヴとターレスに加えて、彼らの息のかかった使用人や騎士もまとめて地下牢送りになりましたからねえ」

「多いとは思ってたけど、まさか城勤めのスタッフの半分近くがいなくなるとは思わなかったわ……」


 おかげで、広いハルバード城は人が減ってがらんとしている。

 ……地下牢だけは罪人がすし詰め状態でぱんぱんだけど。


「もう少し穏便に人員を入れ替えたかったわね」

「しょうがない、彼らはスパイを引き入れた上に軍を動かし、領主の子供を殺そうとしたんだ。全員捕らえて処分しなくては、領主の面目が立たない」

「わかってるわよ……」


 それでも仕事が多くてつらいのは変わらない。


「牢に入ってる中で、戻ってこれそうなメンバーっているの?」


 獄中の使用人の中には、直接人殺しに関与しなかった者も多い。

 ハルバード領の法に照らし合わせた場合、2~3日の労役ですむ軽犯罪がほとんどだ。

 戻ってきたら手伝わせるのもアリかもしれない。


「いや……今回は難しいだろうな。彼らは全員で結託して、外国からのスパイ活動を支援していた。下手に野に放てばハルバード家を初めとしたさまざまな機密情報があちらに流れるだろう。恐らく全員、二度と陽の光を拝むことはないと思うよ」


 二度と陽の光を見ない、ということはつまり……やめよう。

 深く考えるたらヤバい結論になりそう。


 仕事に集中しよう、と書類に目を落としたところで、誰かが執務室のドアをノックした。



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