裏切りの騎士

「少しは頭が回るようだが、まだまだ場数が足りませんなあ、坊ちゃま」


 ターレスはゆっくりを剣をこちらに向ける。


「何かある、と感じて雨をすべてはじいて正解でした。いやはや、こんな怪しげな魔法、どこで習ってきたんですか」

「妹の思い付きだよ」


 兄様が答えると、ターレスはちょっと目を見開いたあと、大笑いした。


「はははっ、クソガキお嬢様がそんなこと考えるわけないでしょう! この状況でまだ嘘をつくとはね!」


 嘘じゃないぞー!

 雷魔法は私が考えたんだからね!

 ジェイドのほうが使うのうまいけど!


「今生の別れになるのが残念です」


 ターレスと部下たちが走り出した。

 私も加勢しようとして……いきなりフランに放り投げられた。そのまま、獣人の女の子を抱えるディッツに突っ込む。


「守ってろ!」


 フランは叫びながら槍をターレスに振り下ろした。

 ぎぃん、と嫌な音をたてて、フランとターレスが切り結ぶ。


 ちょっとー!

 どういうことよ! 私だってちょっとくらいは戦えるんだけど?


「お嬢、おとなしくしてな」


 いつかの時のように、女の子ごと全力で抱きしめられる。その手は簡単には外せそうになかった。


「いくら魔法が使える、っていってもお嬢は11の子供だ。それに、どんな命も失くしたくない、っていう気質は殺し合いには向いてねえ」

「それは……そうだけど!」

「騎士が一番に守るべきは、お姫様だろう?」


 おとなしく守られておけ。


 ディッツの言うことは、わかりすぎるくらいわかっていた。

 私に戦闘は向いてない。

 誰も傷つけたくないし、どんなヒトの命も奪うのは怖い。

 でも、だからといって傷だらけで戦う彼らの背中をただ見るしかできないのは嫌だ!


 ターレスの部下たちは、兄とジェイドを分断する作戦のようだった。さっきはうまくかわしたけど、また同じ攻撃をくらってはたまらないから。

 ふたりは善戦しているけど、雷魔法で大きく体力を使ったせいで、徐々に疲れを見せ始めている。


 フランもまた、ピンチだった。

 ターレスの剣を槍でさばき、魔法も使いながら戦っているけど、ここぞという時に力負けしてしまっている。


「ふん……お前、右足を怪我しているな? 踏ん張りが足りないぞ」

「うるさい」


 フランが剣をかわした瞬間、ターレスは右足を蹴りつけてきた。うめき声をあげて、フランが片膝をつく。上から振り下ろされた剣を、フランは間一髪のところで槍ではじく。しかし、ターレスの猛攻はフランに体勢を整える隙を与えてはくれなかった。


「フラン!」


 嫌だ。

 こんなのは駄目だ。

 私は世界を救いたい。兄様も、ジェイドも、ディッツも、フランも、大切な人全部守って、みんなで楽しく暮らしたいんだ。

 こんなところで死なせたくない。


「いい加減にしなさいよ、馬鹿ぁぁっ!」


 私は腹立ちまぎれに、ポケットの中に入っていた閃光手榴弾スタングレネードをターレスに投げつけた。一瞬できた隙を使って、フランはなんとか間合いを取る。

 でも、それがフランの限界だった。


 かろうじて槍を構えているものの、あちこち血を流すその姿はぼろぼろだ。立っているだけでやっとなんだろう。

 それがわかっているのか、ターレスはにやにやと笑いながら、ことさらゆっくりとフランに近づいてきた。


「は……ひとりで逃げればまだ勝算があっただろうに。こんなクソガキかばってご苦労なことですな」

「俺はこいつを守ると決めたんだ。見捨てられるか」

「へえ? まさかアンタそういう趣味? お貴族様の感覚はわからんねえ。まあ奥様に似て綺麗な顔はしてるがね」

「黙れ」

「お前を殺したあと、俺がたっぷり可愛がってやるよ!」


 ターレスが大きく剣を振りかぶる。

 ガキンという金属がぶつかりあう音が森に響いた。



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