暗殺者たちの道具

「はあっ……はあ……っ……」


 私たちは、徒歩で夜の獣道を進んでいた。

 馬はない。途中で追手に殺されてしまった。


 持てるだけの荷物を持って、行けるところまで逃げる。それが今、私たちにできる精一杯のことだった。


「リリィ!」


 唐突にフランが私の腕を引っ張った。

 思わずしりもちをついた私の目の前を赤く輝く何かが横切っていく。遅れて、風を切るような音がやってきた。


「火矢……!」


 振り向くと、黒装束の怪しげな集団がすぐ後ろまで迫ってきていた。


「貴族のお坊ちゃんたちだと思っていたら、なかなかどうして、手こずらせてくれる」

「ただでは死なない、と誓っているんでな」


 フランは私を背にかばいながら油断なく槍を構えた。兄様たちもそれぞれに武器を持ち、周囲を警戒する。彼らにかばわれる裏で、私はこっそりと目くらましの準備をする。

 暗い森の中だ。

 この場をしのいで木々に紛れれば、まだ逃げる余地があるかもしれない。


「言っておくが、俺たちを振り切ろうとしても無駄だぜ? こっちには便利な道具があるんでな」


 そう言って、彼らは荷袋の中から何かを出した。


「う……ああ……」


 ソレ、は黒髪の女の子だった。頭に猫のような三角の耳と、おしりに長いしっぽが生えている。彼女は暗殺者たちに引きずられるまま、よろよろと前に出る。最初は気づかなかったけど、彼女の服はぼろぼろだった。ところどころに赤黒いシミがついている。


「こいつは感覚が鋭くてね。あんたたちがどんなに気配を消しても見つけ出せる」

「……ずいぶん、お疲れのようだけど?」

「ご心配なく。ちょいと呪文を唱えれば、俺たちに道を指し示す。そうなるよう躾けてあるんでね」

「躾? 呪いで無理やり縛ってるだけじゃないの!」


 私は思わず怒鳴りつけていた。

 どんなことがあったとしても、女の子をぼろぼろになるまで傷つけていい理由があるわけがない。


「威勢のいいお嬢様だ。じゃあまずはあんたからコイツの餌食になるか? 戦わせてもそれなりに使えるんだぜ」

「はぁ?!」


 ネコミミの女の子は、ふるふると首を振った。


「や……だ……」

「お? まだ抵抗する気かよ。お貴族様にエサもらえたのがそんなに嬉しかったか? そんなところだけ畜生らしくしっぽ振ってんじゃねえよ」

「その子を侮辱するのはやめなさい!」


 様々な人種がいることを知りながら育った小夜子の影響だろうか。

 私には女の子が『獣人』という別の生き物だとは思えなかった。耳がついていても、しっぽがついていても関係ない。

 言葉が通じて、心があるのなら、彼女はヒトだ。

 道具として扱われる存在じゃない。

 尊重されるべき、ひとりの人間だ。


「はっ、そんなに気にいったんなら、あんたにやるよ」


 暗殺者は、女の子の耳元で何かをささやくと、私たちに向かって彼女を放り投げてきた。



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