閑話:私を殺して(獣人少女視点)

 私は道具なのだと、奴らは言った。


 産まれながらに獣の姿を持つ、異形の化けモノ。だから、モノとして扱われるのだと。


 私はモノ。

 だから、命令に従っていればいい。


 私はモノ。

 だから、思い通りに動かない時は殴っていい。


 私はモノ。

 だから、命令に失敗したら、見捨てていい。

 そのまま野垂れ死にしても構わない。


 だって、私はモノなんだから。


 家族と引き離されて、私はあちこち連れまわされた。完全な猫の姿に化けることのできる私は、斥候としてとても使い勝手がいいのだそうだ。

 だけど、いくら見た目が猫そっくりでも、猫らしくない行動をとれば怪しまれる。

 勘の鋭いターゲットに怪しまれ、殺されかけることも少なくなかった。


 何度目かの大けがのあと、私は奴らに引きずられるようにして国境を越えた。ハーティアという豊かな国の貴族を殺すのだという。

 森の中で追い詰めて、あと少しで殺せるというところで不可思議なことが起こった。

 青年の姿が、まるで魔法のように掻き消えてしまったのだ。

 青年の仲間は優秀だったが、隠れ身の上手い魔法使いはいなかったはずだ。川に落ちたせいで痕跡が途切れたのだろう、と奴らは川下を探し回ったが、青年の姿はどこにもなかった。


 どんなに川の流れが急であっても、青年の死体が見つからないのはおかしい。ならば、青年を助けた誰かがいるかもしれない。

 今度はすぐそばにある大きなお城の周辺を探ることになった。


 結論から言うと、青年の協力者はすぐに見つかった。

 青年の匂いを纏わりつかせた少女が城の中を歩いていたからだ。青年の手がかりを求めて近づいた私を見て、少女は目を輝かせた。


「か、かわいい……!」


 初めて言われた言葉だった。


 ヒトの姿をしている時は、化けモノと呼ばれるのが普通。猫の姿で街中を歩けば、迷惑な害獣として追い払われるのが当たり前だった。

 親兄弟以外で、自分を見てこんなにも嬉しそうな顔をする者などいなかった。


 猫のふりをして、体を寄せるとまるで宝物のように可愛がられた。


「ありがとう、ちょっと元気出たよ」


 綺麗な笑顔を向けられて、私は思わずその場から逃げ去っていた。

 奴らからの命令を遂行するなら彼女のあとをつけるべきなのだろう。だけど、怖くてそんなことできなかった。



 少女と出会って、一か月以上が経過した。

 彼女は裏庭を出歩くことが多いらしく、周囲を探索していればその姿を容易に見つけることができた。しかし、彼女が裏庭のどこへ出入りしているのか、それだけはうまく突き止められない。

 よほど腕の立つ魔法使いが、認識をごまかす魔法を使っているのだろう。


 その魔法をかいくぐるのがお前の仕事だろう、と奴らに言われるが、わからないものはわからないのだからしょうがない。

 このまま、見つけられないままでいればいい。


 いつものように裏庭を歩いていると、少女が植え込みの裏に寝転がっていた。いつも元気な彼女にしては珍しく、悩み事があるようだ。


「にゃあ」


 でも、私が声をかけると少女はぱっと顔を輝かせた。


「今日も会えたね」


 そう言うと、てきぱきと食事の用意をしてくれる。私は早速、肉にかじりついた。

 成果が出せないことに苛ついている奴らは、最近ごはんをくれない。

 少女のくれる食事が文字通りの命綱だ。猫のままでいれば、これくらいの食事でもなんとか生きていける。


「ふふ、かわいい。あなたにはいつも元気をもらってるね」

「にー」

「いっそのこと、うちの子にならない?」


 そう言われて、どくんと心臓が跳ねた。


「うちの子になるとね、毎日おいしいごはんを食べさせてあげられるわよ。なんてったって、私はこの城のお嬢様だから。それに、とっておきのかわいいリボンもつけてあげる」


 それはなんて魅力的な提案だろう。

 私がただの猫だったら、1も2もなく飛びついていると思う。


 でも、私は猫じゃない。少女の匿う青年を追って来た暗殺者だ。

 この体には呪いが刻まれている。逃れようとしても、奴らが言霊を唱えれば従わされてしまう。


「名前は……クロちゃんとかどうかな? でも、女の子だからもっとかわいい名前のほうがいいかな?」


 盛り上がっている少女から、私は逃げた。

 無邪気な少女の声を聞き続けるには、私はあまりにもみじめだったから。

 私はモノだ。

 女の子に可愛がられる獣ですらない。

 こんな自分がそばにいられるわけがない。


 命令そっちのけで、少女のことばかり考えていたせいだろうか。

 私は気が付くと小さな小屋の前にいた。初めて見る建物だ。

 今まで裏庭はくまなく捜索したはずなのに、なぜか一度も見かけたことはなかった。

 ドアの隙間から、少女の匂いがしている。

 無意識に少女のあとをつけてしまっていたらしい。


「にゃあ」


 小さく声をあげると、すぐにドアが開いて、その奥に少女と黒髪の青年の姿があった。


 その後のことは思い出したくもない。

 奴らに刻まれた命令に突き動かされるようにして青年に襲いかかり、反撃された。逃げ出す時にちらりと見た少女の顔は蒼白で、今にも泣きそうだった。


 私から情報を引き出した奴らは、すぐに少女たちを追った。

 彼らはうまく痕跡を消しながら逃げているけど、感覚の鋭い自分には全てたどれてしまう。

 嘘を言おうとしても、そのたびに言霊によって意志を縛られる。


「見つけたぞ、馬をつぶせ!」


 やめて。

 あの子を追わないで。

 あの子を殺さないで。


「畜生、馬がねえのにまだ逃げるか」

「大丈夫、歩きで遠くまでは行けねえさ」

「足の悪い男と女子供で、俺たちから逃げられるわけないからな」

「化けモノ! 痕跡をたどれ!」


 お願いだから、私を殺して。



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