あの子の名前

「おい……嘘だろ?!」

「下がって!」


 思わず女の子を救助しようと身構えたディッツを、私は止めた。

 警戒する私たちの前で、女の子は髪を逆立てる。


「フーッ!!」


 この豹変ぶりは、ゲームでも見た。『戦いの言霊』による狂暴化だ。

 さっき耳元に囁いていたのが、呪文に違いない。

 やせ細った女の子の体のどこにそんなパワーがあったのか、猛烈な勢いで爪を繰り出してくる。


「リリィ!」

「わかってるわよ! 凍結ゲフィーエレン四番目フィーア

「なにっ?!」


 私が叫ぶと同時に、女の子の体が地面に崩れ落ちた。


「どうして、その呪文を……!」

「ごめんなさいね、手品の種は明かさない主義なの」


 そう言いつつも、私は思いっきり冷や汗をかいていた。

 あ、当たっててよかった~~~~~!

 ゲームでわかってるツヴァイの家族構成は、両親と弟と末の妹。それだけ考えれば末の妹は『三番目ドライ』だ。でも、彼らには単純にその数え方が当てはめることはできない。

 なぜなら、ツヴァイの名前が彼らの言葉で『二番目ツヴァイ』だから。

 物語には出てこないけど、姉か兄か、一番目と呼ばれる子供が彼の前に生まれていたのだ。だとすると、末の妹は上から数えて四番目フィーアになるはず。


 自分たちの手駒を唐突に無力化されて、暗殺者たちに動揺が走る。

 そのチャンスを見逃す私たちじゃなかった。


 ジェイドが目くらましの煙幕を発生させ、私たちは走り出す。


「お嬢、こいつどうなってんだよ!」


 ネコミミの女の子を抱えて走りながらディッツが言う。


「服従の呪いがかかってるの! ディッツは呪いに詳しいんでしょ? なんとかして!」

「いきなり無茶ぶりすんな! やれることはやるけど!」


 そう言ったかと思うと、ディッツは走りながら女の子に何かを飲ませる。


「何やったのよ」

「超強力な眠りの呪いをかけた」

「何やってんのよ!」

「大丈夫だって、服従の呪いより強いからどんな命令うけても起きねえよ。完全に治すのはあとでやればいい」

「あとがあればの話ですけどね!」


 先頭を走っていた兄様が、手をあげて足を止めた。たたらを踏みそうになりながら、私たちも慌てて立ち止まる。


 木々の間から明かりが見えた。

 私たちが目指す先に、松明を持つ騎士たちがいる。彼らは悠然と馬に乗り、私たちが森から出てくるのを待ち構えていた。


「坊ちゃま、お嬢様、出て来てください」


 そう呼びかけるのは騎士隊長のターレスだ。

 主君の子供たちが見知らぬ者と一緒にいるというのに、騎士たちは冷静に私たちを見つめていた。心配する気配も、迷う気配もない。

 彼らはフランごと、私たちを獲物と捉えていた。


「ここはお出かけには向いておりません、お城に帰りましょう?」


 ことさら優し気な声が響いた。騎士たちの間から仕立てのよい執事服を着た男が前に出る。


「クライヴ……」


 有能にして最悪な執事、クライヴもまたこの場にやってきていた。



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