乳鉢と薬研

 現代日本と違い、ファンタジーなハーティア国では、薬の製造は工業化されていない。当然のことながら、巨大な製薬プラントだとか、化学薬品工場なんてものは存在しない。そんな状況で、人が薬を手にしようとしたら、どうしなければならないだろうか?

 個人で手作りするのだ!

 小さな材料から全部、ひとつひとつ!!


 というわけで、私は先日採ってきて乾燥させた薬草をごりごりとすりつぶしていた。

 11歳のか弱い女の子の体で乳鉢を使ってたらいつまでたっても終わらないので、東の国から取り寄せたという、車輪に取っ手を付けたような道具を使っている。

 あー、これなんて言ったっけ? 薬研? とにかく、三日月のような形をした器の中に材料を入れて、上から車輪で押しつぶして、粉末を作るのだ。体重を乗せられるぶん、乳鉢よりは効率がいいけど、それでもしんどい。


「うう……手にマメができそう」

「そのときはマメ治療の薬の実習だな」


 ひとりで砕けた骨の治療をしているディッツが笑う。高度な技術が必要な粉砕骨折の手当ては、さすがに手伝わせてもらえなかった。


「学習機会に事欠かないわね。そのほっぺたをひっぱたいて傷薬治療の実験台にしてやろうかしら」

「はっはっは、ついでに叩いた手のひらの腫れも治療対象だな」

「どんだけ薬を作るのよ……ん? 薬といえば、ディッツって、性別を変えて全然別の人間になる薬を作ってたわよね?」

「あー、そんなのもあったな」


 美魔女がちょい悪イケメンに変身した、あの時の衝撃はそうそう忘れられない。


「追手から身を隠すなら、薬を使って変身しちゃえばいいんじゃないの?」

「……それは、つまり俺が女になるのか?」


 治療がディッツひとりの作業になり、皺が消えていたフランの眉間にまたぎゅっと皺が刻まれた。


「そうそう。さすがに、性別まで変えてたらばれないと思うの」


 ディッツも結構な美女だったけど、フランが女性になっても綺麗だと思うんだよね。

 ネットでありがちな性転換ネタ画像が見たいなー、なんてそんなヨコシマなことは考えてないよ! ええ、考えてませんとも!


 私からの提案を聞いて、ディッツはぽりぽりと無精ひげの生えた顎をかいた。その隣でジェイドも困った顔になる。


「お、お嬢様、それはちょっと……」

「なによ、主人のお願いだっていうのに、作れないの?」

「いや、作るのはやぶさかでもねえ。だが、今飲んだら、フランドール様は二度と歩けなくなると思うぞ」

「えー!」


 なんでそんな物騒なことになってんの。


「今俺が使ってるのは、血肉から体の設計図を読みだして、骨を元の位置に戻す魔法なのな。で、ばらばらになった骨をちょっとずつ元の位置に移動させてる途中なわけだ。そんな状態で、体を骨格から作り変えるような魔法を使ったらどうなると思う?」

「骨が元の位置に戻らなくなる?」

「正解。骨が完全に歪むからやめとけ。お嬢の言う、フランドール様を生きて帰すっていうのは、『五体満足で』ってことだろ?」

「わかってるじゃない。そういうことなら変身薬は諦めるわ」


 さすが私の魔法使い。ちょくちょく私の命令にノーと言ってくるけど、ちゃんと先を考えた上で答えてくれるのは助かる。


「フランも、まさか身を守るためには足の一本くらい、とか言わないわよね?」

「当たり前だ。ここで足を犠牲にしたら、命を犠牲にしないと言った誓いを破るのと同じだろう」


 それに、とフランは顔をしかめて体をゆすった。


「数日足を固定しているだけだというのに、左足がだるくて、腰と背中が痛い。この状態で一生を過ごすのは相当な苦痛だろう。進んでそうなりたいとは思わないな」

「右足は感覚を消す魔法を使っていますが、他はそのままですからね。おつらいようなら、治療のあと体位を変えましょう」

「頼む」


 我慢強いフランが苦痛を口に出す、ということは、かなり痛いんだろう。そういえば、小夜子も動けない状態のつらさは嫌というほど味わってきた。


 ただ寝てばかりいると、筋肉や筋が固まってリハビリがつらいんだよなあ。

 何かしてあげられること、ないかな?



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