悪役令嬢の新魔法

「というわけで、新魔法の実験をします!」


 フランの傷がほぼふさがったころ、私はディッツの離れでそう宣言した。

 フランの足の治療をするディッツと、おとなしく治療を受けていたフランがぽかんとした顔で私を見る。ちなみにジェイドはお城の訓練所で騎士たちと鍛錬中だ。


「……ちょっと前から何かたくらんでると思ったが、今度は何をする気だ」


 フランの眉間の皺が深くなる。

 はっはっは、その表情はここ数日で見慣れたもんねー!

 怖くないぞっ!


「そう警戒しないでよ。これはフランのためなんだから」

「あー、何をするつもりか知らんが、フランに魔法を使う気なら、事前に主治医の許可を取ってくれ。つまり俺な」

「わかってるわよ」


 ディッツは私の我儘をだいたい許容するけど、医者としての一線はきっちり引いてくるもんね。


「私が提案するのは、『電気マッサージ』よ!」

「……なるほどわからん」


 離れに重い沈黙が落ちる。

 でも、私はめげない。電気を使った治療がこの世界の人たちに理解されないのは予想済みだもんね。


「えっとね、体にものすごーく小さな雷を落として、マッサージするの」

「……ますますわからん」

「お嬢、ちゃんと説明してくれ」

「口で説明するより実際に体験したほうがいいわね。ディッツ、この火かき棒持って」


 私は、離れの暖炉わきに置いてある金属製の火かき棒を手に取った。私が持つ反対側をディッツに握らせる。


「この状態で、手に雷魔法を発生させる……と!」

「うひゃあっ!」


 私が電気を発生させると同時に、ディッツは声をあげた。


「今いきなりびりびりっ、ってきたぞ! なんだこれ!!」

「雷魔法よ」

「なんだと……?!」

「だが、リリィは今ほとんど魔力を込めていなかっただろう。それなのに、賢者殿が驚くほどの衝撃があったのか?」

「フランも体験してみる?」


 私はディッツが落とした火かき棒をフランに手渡した。反対側を持って、また雷魔法を発生させてみる。

 ディッツのように叫び声を上げはしなかったものの、フランの顔が引きつって、眉間にぎゅっと皺が寄った。


「どうなってるんだ……? 雷を落とすには膨大な魔力が必要なはずだ」

「んー、実験してわかったんだけど、雷には伝わりやすい素材と、伝わりにくい素材があるみたいなのよね」


 現代日本では、小学校の理科で習う内容だ。


「鉄みたいな金属とか、水とかは伝わりやすい素材。木とか空気は伝わりにくい素材ね。空から雷を落とすのが難しいのは、伝わりにくい素材に無理やり電気を通そうとしているからよ」

「つまり……この火かき棒ごしなら、簡単に雷が落とせる?」

「そういうこと。実は、単に人に雷魔法を使うだけなら、この棒もいらないのよね。人間の体も、雷を通しやすい素材でできてるから」


 そう言って、私はフランの手をとった。そこに雷魔法を発生させる。


「つっ……!」

「お嬢、俺も俺も」

「はい、ディッツはこの辺とかどう?」


 私はディッツの腕に触ると、雷魔法を発生させた。そのとたん、ディッツの腕がびょん、と跳ねる。


「なんだ今のは! 雷魔法を受けた腕が勝手に動いたぞ!」

「こっちもだ。雷を受けた手が、びりびりしてうまく動かない」

「それは人間の体が、ものすごーく小さな雷で動いてるからね」

「……は?」


 私の説明に、ディッツが茫然とした顔になる。いつも飄々としている彼にしては珍しい表情だ。


「お嬢、詳しく」

「だから言った通りよ。人間の体は雷で動いてるの。えーっと、電気を流すと筋肉が縮んで、流すのをやめると緩むんだったかな……」


 その体を動かそうとする微弱電流を検知することで、心電図をとったり、脳波を測ったりしてたんだよねー。入院三昧の小夜子の人生では当たり前の技術だけど、この世界では未知の領域だろう。


「なるほど、普段微弱な雷で動いているところに、いきなり大きな雷を受けたことで、うまく動かなくなったわけか。お嬢の考えることはいつもながら予想外だな」

「それで、これをどう俺の治療に使うんだ?」


 ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!

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