お出かけしよう

「ったく、タチの悪い兄もいたものよね……」


 数日後、私は馬の鞍の上でぶつぶつと文句を垂れ流していた。馬を操るのは、一緒に乗っているディッツ。いわゆる馬の二人乗りをいうやつである。その隣には、子馬にまたがるジェイドの姿もある。


 兄からそろばんをプレゼントされて以降、お願いされる書類はさらにボリュームアップした。作業効率が上がったのだから、もっと回しても大丈夫と判断したのだろう。

 毎日、ちょうど4~5時間でできる量の仕事を渡され、なでなでとお褒めの言葉とともに回収される。

 生かさず殺さずの仕事量。ちょうど私のやる気がでる誉め言葉。

 おかげで、毎日働かされた私はへとへとだ。

 ねえこれなんてやりがい搾取?

 うちの兄、ブラック企業経営の才能ありすぎない?


「まあまあ、そう言ってやるなよ。若様もさすがにやりすぎたと反省したから、今日は一日外出してこいって、送り出してくれたんだろ」

「それも、高度な計算の上に成り立つ飴と鞭な気がしてきた……」

「お、お嬢様、元気出して! 今日は、えっと……いっぱい、遊ぶんでしょ?」

「そうね、お城の外なんてめったに出られないのに、文句ばっかり言ってたら損ね」


 大きく深呼吸して、気持ちを切り替える。はげましてくれた従者を見ると、私の表情が柔らかくなったのに気付いたのか、にこにこと嬉しそうに笑い返してくれた。

 癒し系従者、最高かよ。


「この先の沢ぞいに、薬草の群生地があるんだ。今日はそこで薬草採取の仕方を勉強しながらピクニックだな」

「おお、久しぶりにディッツが教師っぽい」

「ぽいじゃなくて、教師だっつーの」


 獣道を抜けて、沢のほとりまで来ると、ディッツは馬の歩みを止めた。私を鞍からおろすと、馬の手綱を手近な木にくくりつける。川の対岸は高さ10メートルほどの切り立った崖になっていて、その上にも木々が生い茂っているのが見えた。


「前に書き写した薬草図鑑の内容は覚えているな? そこに書かれていたものを実際に探してもらう。ひとり歩きは危ないから、ジェイドとふたり一組になって行動すること。それから、人影を見つけたら声をかけずに、俺のところに戻ること」

「声をかけちゃダメなの?」


 今の私たちは、森に溶け込むために庶民向けのシンプルなチュニックを着ていた。全員髪色が黒いのもあって、ぱっと見はただの親子連れにしか見えない。庶民として近隣住民と親交を深めるのもアリだと思うんだけど。


「お嬢は自分が思ってるよりずっとお嬢育ちなんだよ。どこの世界にこんなツヤツヤの髪で、真っ白な手をした庶民がいるかっての。遠目ならともかく、近くで見られたらお嬢育ちが一発でばれるぞ」

「え? そうなの?」


 びっくりしていると、ジェイドが隣でこくこくと力いっぱい頷いていた。どうやら本当らしい。


「森のこんな人気のないところに来るのは、狩人か傭兵か……少なくとものほほんとした農家のオヤジじゃねえのは確かだ。近寄って変なトラブルを引き起こすよりは、そっと距離をとって避けたほうがいい」

「金持ち喧嘩せず、ってやつかしら」

「なんだそりゃ?」

「気にしないで、なんとなく思っただけだから。用法も間違ってる気がするし」

「とにかく、何か異変を感じたら、すぐに俺のところに来い。そして声を立てるな。そうしたら、俺が必ずお嬢を隠してやるから」

「……そこは、俺がお嬢を守って戦う、じゃないの?」

「無茶言うな。俺に戦闘の才能はねえよ。ジェイドのほうがよっぽど強いくらいだ」

「はあ? あんた東の賢者とか言われてるくらいの魔法使いなんでしょ? 強くないの?」

「魔法使いとしての優秀さと、バトルの強さは別だろーが!」


 マジで?!

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