悪役令嬢の切り札

「何度も同じ手は……」


 パァン!!!

 小瓶は、耳をつんざくような音をたててはじけとんだ。同時に、目を灼く強烈な光を放つ。

 必殺、魔力閃光手榴弾マジックスタングレネード!!

 私だって同じ手は使わないよ!


 目つぶしの粉が来るとばかり思っていた男たちは、目と耳を同時に攻撃されて一瞬行動不能になる。

 強烈な一撃だけど、これをやると私自身も行動不能になるから、本当に最後の手段だ。時と場合によっては、かえって状況が悪くなる場合もある。

 だけど、ここは自分の屋敷だ。


「お嬢様!!」


 異常な音が鳴り響けば、従者たちが飛んでくる。

 ぐらぐらする頭で、声のしたほうに足を向ける。よろけてこけそうになったところを、ジェイドの細い腕が受け止めてくれた。


「子供が何人増えたところで……」

「お嬢様に触れるな!」


 パン! とまた破裂音がした。

 ジェイドが魔法で不審者の手をはじいたのだ。


「ち、分が悪い! ずらかるぞ!!」


 男の声を合図に、不審者たちは反対方向に走り出す。

 しかし、その音は途中で止まった。閃光のせいでぼやける目を向けると、彼らの前に『鬼神』が出現していた。


「娘に……手を出したのは貴様らか?」


 格好はいつもと変わらない。ラフな寝巻を着た私の父様だ。

 しかし、全身から殺気をあふれさせているその姿は、『鬼』としか表現しようがない。


「答えない、か。まあいい、捕らえてからゆっくりと聞かせてもらおう」


 ぼうっ、っと父様が手に持つ剣が光を放った。

 炎のように赤く燃え上がる剣。それはお伽話で見た魔法剣という奴ではないだろうか。

 えええええええ、父様そんなもん持ってたの?

 炎刃って二つ名、比喩表現じゃなくて、マジで炎の刃持ってたからつけられたの?


 父様は、固まっている私の目の前で不審者たちをなぎ倒した。

 全て一撃。反撃どころか、彼らが武器を構える隙すらなかった。


「は……」


 意識を失った不審者3人が転がる中、父様だけが傷ひとつ負わずに立っている。

 一瞬で戦闘は終了してしまった。

 ちょっと強い程度の賊では、太刀打ちもできない。これが、かつて現役最強だった騎士の実力なのか……。

 茫然としていると、屋敷のあちこちから足跡が聞こえ始めた。

 異常な音を聞きつけて、兵士や使用人がそれぞれ集まってきてくれているのだろう。

 危機は去った、そう確信した次の瞬間、父様の顔がぱっといつもの優しい顔に戻った。


「リリアーナ!」

「お……お父様……」

「怖かっただろう、よくがんばったね」

「お父様……」


 大きな手が、私の頭をくしゃくしゃとなでる。体を支えてくれていたジェイドから離れると、私はお父様の胸に飛び込んだ。


「こ……こわかった……怖かったぁぁ……」

「もう大丈夫だよ」


 ぎゅうっと抱きしめてくれる胸に縋って、泣きじゃくる。

 恥も外聞もない姿だけど、本気で怖かったんだから許してほしい。


「よしよし……。ジェイドも、よく守ってくれたね」

「ぼ、ボクは、お嬢様、の従者だから」

「そう思っても、行動できる者は少ない。君はいい従者だ」

「お、お父様……お父様ぁ」

「もちろん、一番頑張ったのはリリィだね」


 泣きすぎてしゃくりあげ始めた私の背中を、父様が優しくなでてくれる。私は思い切り泣くだけ泣いて、その腕の中で意識を手放した。





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