早朝家族会議

 不審者が屋敷に侵入した翌朝。

 私たち家族は、朝食もそこそこに談話室に集合していた。

 いわゆる、家族会議という奴である。


「クライヴ、昨夜捕らえた連中の正体はわかったか?」

「は。王都の犯罪ギルドに所属する、盗賊くずれのようです」


 後ろに控えていた執事が硬い声で答える。


「目的はお嬢様の誘拐。お嬢様の身柄を盾にとり、その……奥様を思い通りにするのが最終的な目標だったようです」

「……依頼主が誰かわかったのか?」


 ちり……と、昨日と同じ殺気を漏らしながら父様が尋ねる。執事は渋い顔で首を振った。


「残念ながら、本人たちも依頼人のことは知らされてなかったようです。ただ……最近の動向から察するに、アシュトン伯あたりではないかと」

「そうか。報告ご苦労」


 聞きたいことは聞いた、とばかりに父様は手を振る。優秀な執事は、一歩下がった。


「まさか……リリアーナに手を出してくるなんて」


 母様が重い溜息をもらした。よっぽどショックだったんだろう、その顔は白く青ざめている。


「事態は思っていたよりも、ずっと深刻だったようですね」


 兄様も、嫌そうに眉間に皺を寄せる。その顔には賊への嫌悪感以上に、連日の気疲れが現れていた。


「もう一度、太りなおしたほうがいいのかしら」

「レティシア、それはやめにしようと言っただろう」

「ユリウス……だけど、これ以上子供たちを危険にさらしたくはないわ」


 父様と母様は互いに止め合う。


「父様、母様。太りなおすというのはどういうことですか。ふたりとも、わざと痩せてたんですか? いやそもそも、太っていたことも意図したことだったんですか?」

「それは……その」

「ええ、そうよ。父様も母様も、わざと太っていたの」

「どうしてそんなことを?」


 私も兄様も、驚いて声をあげる。

 二人のダイナマイトバディは尋常じゃなかった。やろうと思ってできる変身じゃない。

 それに、あんな太り方は体にだって負担がかかっていたはずだ。


 本当に、なんだってそんなことをしていたんだ。


「だって、そっちのほうが楽だったから」


 そう言って、母様は笑った。いつものふんわりとした笑顔じゃない。

 疲れて、やつれた笑顔だった。


「私たちが若いころ、とても人気があったことは、もう知っているでしょう?」

「ええ……まあ」

「そのせいか、私たち……特に母様はファンに追いかけられることが多くてね」

「その話はちょっとだけ聞いたわ。白百合の名前をもらったせいで、貴族の間で争奪戦が起きたって」

「そんなこともあったわね」

「でも……父様と母様が結婚したことで、騒ぎは収まったんでしょう?」


 私の言葉に、ふたりは困ったような顔になる。それはやんわりとした否定だった。


「私たちが婚姻を結ぶことによって、表立って干渉する者はいなくなった。しかし、それはおじい様が押さえつけていただけだ。その裏で、私たちはずっと視線を向けられていた」

「そんな時だったわ。私が足を怪我したのは」

「怪我した、じゃないだろう。怪我をさせられたんだ」

「もう証拠も残っていない事故だもの。こだわってもしょうがないわ」


 ふう、と母様は小さく息をつく。


「私が怪我をしたと聞いて、女性……特に父様のファンはこぞって、お菓子を差し入れしてくれたわ。元気が出るように、って」

「それって、怪我したついでに太れ、っていう意味なんじゃない。母様はその悪意のまんま、太っちゃったってこと?」

「最初は流される気はなかったのよ。でも……気を付けていたのに、太ってしまってね。そうしたら、どうなったと思う?」

「え……」

「世間の風当たりが弱くなったの」

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