8 葬送
「それでは棺の蓋を閉じさせていただきます」
神官長がそう言って神官たちに蓋を持ってくるようにと合図をすると、神官4人が子ども用で小さくはあるが、重厚な黒い蓋を持ってきて棺の横に並べて置いた。
「これは……」
神官長がその違和感に思わず言葉を途切らせた。
黒い、銀で小鳥を
このような棺では、普通は金属の留め具で本体と蓋が外れぬように固定するのだが、どう見てもその留め具を外した様子があり、金具の代わりに革ベルトで固定するようになっているようにしか見えない。
「あ、あの、これは?」
思わずマユリアに伺うようにすると、マユリアが黙って目を伏せて頷いた。
(これもまた託宣によって定められしことなのかも知れぬ)
あまりにも不釣り合いとは思うものの、託宣には従わぬわけにはいかぬ。
そう納得し、神官たちに蓋を閉じて革のベルトで固定するように指示をする。
実際は「何かがあった時のため」とトーヤの指示によるものであり、マユリアも託宣のためとは口にしてはおらぬのだが、神官長は勝手にそうして納得をした。
棺の横に持ち手にしては大きめの丸い金具(これもトーヤの指示に従って大きなものに付け替えられた)が上下に2つずつ左右についてる。そこに通してしっかりと革ベルトを固定して蓋は二度と開かぬように閉じられた。
その様子を見ていた侍女たちからまた悲しみの声が漏れる。
「では、お運びいたします」
この国では子供が亡くなった時には家族は埋葬については行けぬ。それはシャンタルだとて同じこと、家族であるマユリアとラーラ様はここで見送らなくてはならない。
「シャンタル、シャンタル、シャンタル……」
ただただそう繰り返し、涙を流しながらラーラ様が崩れそうになるのをネイとタリアが両方からお支えする。
マユリアは表情を変えず、ただ静かに頭を下げてお見送りになられた。
8名の神官によって支えられ、運ばれる棺の後ろにつくのは侍女頭のキリエのみである。
シャンタルの棺が自室から出るのを確認すると、先頭に立つ神官長が手に持った小さな鐘を「からーんからーん」と鳴らす。それに呼応するように、少し離れた先にいた他の神官がまた同じように鐘を鳴らす。鐘の
「ああ、シャンタルが……」
シャンタルの葬列が動き始めたと民が知る。
鐘の音が鳴り響くと、街の者たちがさめざめと涙を流し、悲しみの声が広がっていく。
あの鐘の音に合せてシャンタルは宮から出られ埋葬されるのだとみんなが知っている。墓所ではなく「聖なる森」の「聖なる湖」で眠られるのだと。
鐘に合せて棺が運ばれ、奥宮の「葬送の扉」へと向かった。
奥宮には、高齢や病気、ケガなどが原因でお務めが困難になった侍女たちの過ごす棟もある。その人生を宮に捧げた労に報いるため、余生を安心して過ごせるようにと設けられた、離宮のような棟である。一線から退いた侍女たちは、そこで軽い作業や若い侍女たちの相談にのることなどを新しい職務としてそこで務め、静かに命が終わる時を待つことになる。
故に侍女の葬送は奥宮から出されることが大部分である。前回出された葬送はフェイのものであったので、その時には前の宮から奥宮へ抜けてから「葬送の扉」を通って墓所へと運ばれた。今回のシャンタルは同じように「葬送の扉」から出るが、墓所へと下るのではなく、登るようにして山の
侍女たちが頭を下げて並ぶ廊下の真ん中を葬列は静かに進む。
ゆっくりゆっくりと、別れを惜しむように一歩一歩、シャンタルがそれまでは輿に乗って進んでいた道を、今は神官たちに担がれ、少しずつ少しずつ「葬送の扉」に向けて進んでいた。
やがて、葬列は奥宮の高齢の侍女たちの過ごす建物から、少し下ったところにあるひっそりとした「葬送の扉」の前に着いた。
扉がぎいい、っと音を立てて押し開かれた。
神官長が手に持っていた鐘を「からんからんからんからん」と数度続けて鳴らすと棺を先導してそこから外へ出た。そしてそれに応えるように次の前の神官、また次の神官というように鐘の音をつなぎ、最後に鐘塔の鐘が同じように短く何回も何回も鳴らされる。
今、シャンタルの棺が「葬送の扉」からお出になったことを知らす最後の鐘である。
「今、宮をお出になられた」
鐘の音でそれを知った民たちがまた涙を流す。これでもうシャンタルは生まれ育った宮へ戻ることは二度とないのだ、そう思って悲しみに暮れる。
宮から出た棺はひっそりと「聖なる森」へ向かって進む。
鐘塔の鐘はしばらく鳴らされていたが、葬列がかなり森に近づく頃にはもう静かになっていた。
沈黙の中をさらに進み、いよいよ葬列は森へと入る。
森の入口にルギと8名の衛士が立っていた。葬列に並び一緒に森の中へと入る。
沈黙の中に棺につき従う神官たち、衛士たち、そして侍女頭のキリエの足音だけが静かに響く。
「聖なる湖」はすぐ目の前にあった。
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