第三章 第七節 神の死

 1 待機

 ミーヤは笑顔のまま、


「いってらっしゃい」


 そう言う。


「いってきます」

「はい」

 

 それだけ言葉を交わすとトーヤは扉を開けて出ていった。


「いってらっしゃい、おかえりと言える日まで待っています」


 そう言って、ミーヤはまた笑顔のまま涙を流した。




 トーヤは部屋を出ると前の宮を出てフェイのところへ向かった。

 ダルとは一緒に部屋を出ず、そこで待ち合わせていた。


 冬の日が落ちるのは早いが、まだ時間がそこまで遅くないので森に囲まれた墓所にも明るさが残っている。その端から少しずつ赤くなっていく光を受けて、トーヤはフェイの前に座った。


「フェイ、あいつ、ミーヤのこと頼むな……」


 初めてそう言う。


 そうして座っていると細長い影を引っ張りながらダルもやってきた。


「ごめん、待たせた」

「いや、そんなには待ってねえから。宮の様子は?」

「うん、まだ何も起こってないみたい」

「そうか、じゃあ行くか」

「うん」


 2人でさらに西の端、山の方へ向かう。そこから山沿いに登って洞窟へと着いた。


「今日はここで夜明かしか。ルギの野郎は来るのかな」

「あ、さっき会った」

「なんて?」

「わざわざ来て、『明日あす』って一言言って出てった」

「相変わらずすかしてやがんな」


 トーヤが笑ってそう言う。


「ってことは、来るつもりなんだな」

「だと思うよ」


 洞窟で腰を据え、毛布に包まって夜明かしの準備をする。引き上げる手はずについてはもう何度も話し合った。話はしたが、実際に思っていた通りになるかどうかはやってみなくては分からない。

 シャンタルに持たせる物、着替え、食べ物や薬、すでに運んでいた物、今持ってきた物をもう一度整理する。


「これでいいかどうかは分からねえが、まあ足りない物はどこかで手に入れるしかないな。幸いにして金はたっぷりとある」

「シャンタルの路銀ろぎんも増えたしな」


 ニヤリとそう言うダルの頭をトンと突いて黙らせる。


「これだけは絶対になくせねえからな」


 懐から取り出して手形を確認する。シャンタルの手形とトーヤの手形。


「そういやダルのはどうなってんだ? キノスからサガンまでならいらないのか?」

「いや、それもなんかアロさんが持ってきてくれるって。俺のは国の外まで行くんじゃないからお使い程度のでいいだろうって」

「そうか」


 必要な話、どうでもいい話をしながら夜が深くなっていく。


「洞窟の中は温度が安定してるとはいえ、やっぱり冷えてきたな」

「そうだな」


 炭を入れた火桶を2人で囲み、


「野郎2人がくっついてるってのもいい趣味じゃねえが、まあ仕方ねえな」


 と、トーヤがぶつくさ言いながら2人でくっついて2枚の毛布に包まる。


「悪かったな、きれいなお姉ちゃんでなくてな」

「ほんとだぜ」


 そう言って笑い合い、火桶で沸かしたお湯で入れた温かいお茶を飲む。


 こうして洞窟で過ごすのにはわけがある。トーヤとダルは「シャンタルの死」を知らないことにしたいのだ。「事が起こる前に役目で王都から離れていた」という既成事実を作るためである。

 「シャンタルの死」は自室の寝台の上で発見される。その時にトーヤやダルが疑われるという事態はほぼないと思われるが、とりあえず何か聞かれたり留め置かれたりする可能性はある。その間に宮から出られなくなるとシャンタルを助けられなくなる危険が出てくる。


「今頃どうなってるのかなあ」

「そうだな、時間的にはもう発見されてしばらく経つだろうな」




「大変です! シャンタルが、シャンタルが!」


 そう言いながらキリエがマユリアとラーラ様がいらっしゃる次代様のお部屋に飛び込んできたのはお別れの食事会が開かれるほんの少し前、まさにたったいま日が沈んだと言っていいぐらいの、やっと暗闇が興奮に沸いた王都を休ませるために包み込んだぐらいの時刻であった。


「キリエ、シャンタルがどうなさいました?」


 マユリアが立ち上がってキリエに近づき、部屋に入り込むなり床に座り込んだキリエの肩に手をかけた。目と目で合図をするとキリエが床に倒れ伏す。


「何があったのですか? 落ち着いて話してみなさい」

「私の口からは……ああ、どうぞマユリア、どうぞ……」


 マユリアの足にすがるようにしてそう言うと床に突っ伏して泣き出す。


「ネイ、タリア、ラーラ様とシャンタルをお願いいたします。わたくしは当代のお部屋に参ります」


 事情を知る3人の他に次代様に乳を与えていた乳母の1人に聞かせるようにそう言うと、緊急の時に衛士を呼ぶ鈴のひもを激しく引っ張った。


 からーんからーんからーん!


 激しく鳴る鈴の音が奥宮に響き渡りその異常を知らせる。

 そうしておいてマユリアがシャンタルの寝室へ飛び込んだ。


「何事だ!」


 ルギを先頭に今日の当番であるシャンタル宮第一警備隊の衛士3名がシャンタルの私室へ飛び込んできた。


「いやああああああ!」


 開いたままのシャンタルの寝室から今まで聞いたことがないマユリアの叫び声が聞こえる。


「寝室のようです」


 衛士の1人が困ったような顔でルギを見上げる。


「……緊急時だ、行くぞ」

「はっ!」


 ルギと衛士3名が寝室に飛び込む。


「シャンタル、シャンタル、シャンタル!!」


 4人が見たのは寝台で眠るシャンタルと取りすがって泣くマユリアの姿であった。

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