23 午後の部
急いで前の宮の客室から階段を上がって4階まで上がり、渡り廊下とのつなぎ目まで戻る。
「よっ、お疲れさん」
トーヤが警備の衛士にすれ違いざまそう言って右手を上げて挨拶をし、残る3人がすまなそうな顔をして、頭を下げてから渡り廊下に置いてある椅子の場所まで戻った。ここは渡り廊下の真ん中あたりなので、ここに陣取ると何を話しているかはほぼ誰にも聞こえない。
「まったく、衛士にあんな声をかけるなんて」
またミーヤに怒られて肩をすくめる。
「だってな、俺たちは戻ってあったかい茶飲んで飯食って便所も済ませて戻ったけど、この寒い中、その間ずっと立ちっぱなしなんだぜ? お疲れぐらい言いたいだろうよ」
そうトーヤは言うが、実はそれだけが目的ではない。
この後、残り3回のお出ましを終えた後、シャンタルは死ぬのだ。
実際に死ぬわけではない。仮死状態になる薬を飲むのだとトーヤたちは知っている。だが、眠ったようにいきなり死ぬということになる。その時になまじ自室にいて何かしたのではないかと疑いの目を向けられると面倒なことになる。
もちろん、シャンタル宮第一警護隊の隊長であるルギは事実を知っている。だが、ルギとてさらに上からの指令がくれば従わないわけにはいかない。マユリアや侍女頭のキリエも事実を知ってはいるものの、下手に時間がかかると本当にシャンタルが危険になる可能性がある。
それでダルが「全部を見たい」と言い出したのに乗って、こうしてのうのうと渡り廊下でのんびりお出ましを見ている姿を衛士たちに焼き付けたいと思ったのだった。
「そういや、衛士と言えばルギはどうしてんだ?」
言うのも不愉快そうにその名前を口にする。
「控えの間近くにいるのでは?」
あの日、ルギに一泡吹かされた後で姿を見ていないが、明日は「聖なる森」で引き上げ作業を手伝ってもらうことになっている。そのための打ち合わせもあまりできてはいない。
「大丈夫なのかよ、あいつ」
チッとトーヤが舌打ちをしながらも、
「まあマユリアのためなら命なんぞなんぼでも投げ出すってやつだから、役目をほっぽって来ないってことはねえだろうけどな」
そうともつぶやく。
そうやって面白くもなさそうに、ぶつくさ言いながら、何か面白いことはないかと言わんばかりにまた客殿へ目を向けると、
「王様も午後の部を全部ご覧になるつもりかねえ、暇なこった」
言われて見てみると、客殿の王家の方々がいらっしゃるお部屋には、のんびりと食事を楽しむ高貴の方々の姿が見えた。
その下の花園も同じように、優雅な花がゆったりとさざめくように揺れているのが見える。
客殿の前庭の特設席では、アロのように見終わって帰った後の空席もあり、そこに午後から来る予定だったのか新しい客人が案内されて通され、腰を据えていくのも見える。前の宮前の広場は変わらず満杯の人だ。
「なんだか不思議ですね……」
ミーヤがふっと言う。
他の3人もおそらく同じように感じていただろう。こんな世紀の祭典のその裏で、全く違う出来事が密かに動いているとは誰も思うまい。
そうしているうちに時刻になり、鐘が打ち鳴らされて3回目のお出ましになる。
少し長く待たされたからか、前の2回より歓声が大きかったようにも思えたが、どっちにしても割れんばかりの声なので本当のところは分からない。
そうしてまた人が入れ替わり、午後に予定された3回のお出ましは無事に終了した。
「じゃあ行くか」
「うん」
人がはけていく様子をちらっと見ながら、トーヤとダルが椅子を2つずつ持って前の宮へと進む。椅子はどこかの部屋から借りたらしいが、衛士が持ってきてくれたものなのでどこへ持って行けばいいのか分からない。
「こちらへ置いておけ、片付けておく」
まだバルコニーに続く通路は閉鎖されているままなので、お言葉に甘えて置いておく。
「あんたらもお疲れさんだったな、無事に終わってよかった」
トーヤにそう声をかけられ、衛士も少し頷いてみせた。無事に終わってホッとしたのだろう。
「さ、部屋戻ろうぜ」
のんきな客人を演じながら、また使用人用の階段を降りて部屋へ戻る。
「じゃあ、また後でな」
そう言ってトーヤとミーヤはトーヤの部屋、ダルとリルはダルの部屋へと戻っていった。
「さて、じゃあ行く準備するかな」
シャンタルが亡くなっているのが見つかるのは、夕刻前の予定だ。
お出ましで疲れたシャンタルが夕刻からの食事会まで少し休養することになり、マユリアはその間ラーラ様や他の侍女たちと次代様のお部屋で一緒に過ごす。そうしてキリエがシャンタルを呼びに行ったら部屋で亡くなっていたとの台本通り話が進むはずだ。
「俺とダルはシャンタルのことが発表される前に、行方は言えないが宮の役目で出掛けることになってるからな」
トーヤががさがさと音を立てながらまとめた荷物の袋の口を縛る。これを持って出てしまえば次に戻るのはおそらく十年後だ。
「よっと……」
掛け声をかけながら荷物の入った袋を右肩に担いだ。
「じゃあ行くわ」
ミーヤにちょっと買い物にとでも、そういうように声をかける。
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