13 求婚
そうしてまたうだうだと色々話をしていると、もう一度扉が叩かれた。
「ちょっといいか?」
そう言って入ってきたのはダルであった。
「なんだあらたまって」
いつもならノックをして返事があったらひょこっとそのまま細長い体を扉から滑り込ませるのに、今日はなんだか遠慮そうな顔で入ってきた。
「お邪魔なようでしたら私は控室に戻っていますが?」
ミーヤが気を遣ってそう言うと、
「いや、ミーヤさんもいてくれた方がいいから」
そう言って、やっと扉を閉めて中に入ってきた。
「失礼します……」
ギクシャクと椅子に座る。
「なんかやっぱりちょっと変だな」
「大丈夫ですか?」
2人に心配されるがダルは何もないという風に横に首を振る。
「あのな、聞いてほしい話があるんだよ」
深刻そうにそう切り出した。
「なんだ、言ってみろよ」
「うん、あのな……」
ゴクリとつばを飲み込むと、2人を交代に見てから、
「俺、アミに、自分の気持ち伝えた!」
ダルはそう言い放つと膝の上で両手を握りしめ、ギュッと目をつぶって下を向いてしまった。
「おお、そうか! やったか! えらいぞ! そんでどうなった!」
「まあ……」
2人がそれぞれそう反応する。
「うん、あのな……殴られた」
「は?」
「え?」
話がよく見えない。
そしてダルが説明を始めた。
ラーラ様をカースへお連れした翌朝、ダルは祖母にラーラ様を任せた後で浜に出た。
その日は天気のいい朝で、こんな日は男たちが漁に出た後、女たちは貝をとったり海藻を拾ったりしていることが多い。行ってみたら思った通り数人が浜で色々な作業をやっていて、アミもその中にいた。
「アミ」
「ん、何?」
拾った海藻を干していたアミに声をかける。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
「いいけど何?」
アミが他の女たちに断ってからその場を離れる。
一仕事終えた後で少し汗ばんだ肌を、海辺で使ってしおれたタオルで拭きながら付いてきた。宮で見る侍女たちと違って日焼けのそばかすやシミがある。手入れをよくされたツヤツヤした肌ではなく、潮風と日差しに洗われた強さでツヤツヤした肌だ。
浜から少し離れて砂地から土のあるあたりまで歩く。
「何? なんの用なの? まだやることあるんだけど」
アミが残してきた仕事を気にするようにそう言う。
「うん……」
誰にも声が聞こえないぐらい離れた場所に来たので足を止め、後ろを向いてアミの方を振り返るといきなりダルは言った。
「アミ、俺の嫁さんになってくれ!!」
そう言って頭を思い切り下げると二つ折りのようになった。
返事はない。
しばらく頭を下げていたが、恐る恐るダルが頭を上げた。
その途端、
ばっちーん!
思いっきり頬を張られた。
「な……」
頬を押さえて動けなくなっているダルに、
「なんなのよあんたは! ずっとずっと待たせた上に好きだもなしでそれ? 順番が違うだろ!」
「え……」
ダルが目をパチクリとする。
「大体ね、月虹兵? 何言ってんのよ、ヘタレのダルがそんなご大層なお役もらってさ! それに何? マユリアからご下賜された馬? はあ? 何言ってんのよ! 何やってんのよあんたは! あんたは、あんたは漁師だろうが!」
そう言うとポロポロと大粒の涙を流して泣き出した。
「お、おい、泣くなよ、なあ、困るよ……」
前にリルに泣かれた時とはまた違った困っただ。ダルがポケットからハンカチを取り出してアミに渡そうとするが、
「いい! タオルあるから! 持ってるから! 見て分かんない? とろいんだから、こっち来ないでよ!」
そう言って汗を拭いていたタオルで顔全体を押さえると、ダルに背中を向けてしまった。
「アミ……」
ダルは近づいていいのかどうか困りながら、ハンカチを持ったままうろうろする。
「ほんっとに気がきかないんだから……そう言われても来て肩ぐらい抱きなさいよ!」
「え、ええっ!」
言われて急いで近づき、肩を抱こうとしてちょっとためらい、結局は後ろから両肩に両手を置いた。
「ほんっと、ヘタレなんだから……」
そんなダルの行動にくすっと笑ってくれたように思う。
「なあ、アミ……」
思い切ってダルが聞く。
「返事、聞かせてくんねえかな……」
言ったがアミは答えない。
「なあ、ア――」
「ほんっと分かんないやつだね!」
くるっと向き直り、
「聞かないと分かんない? さっき言ったことで分かんない? ちょっとは考えなさいよ!」
「は、はい!」
言われてよくよく考えて、
「いい、ってことだよ、な?」
そう言うと、
「そう言ってるでしょ!」
いや、言ってはいないが。
「アミ!」
今度はさすがに思わず思い切りアミを抱きしめていた。
「もう!」
ダルにギュッと抱きすくめられながらアミが、
「心配したんだからね? ずっと宮に行ってなんか立派になってさ、宮にはおきれいな人がいっぱいいて、ミーヤさんやリルさん? あんなかわいい人もここに来て、もうさ、あたしのことなんかどうでもよくなってるんだろうなってさ」
「そんなはずないだろ!」
「あんたはさ、漁師なんだよ、何やったって血の代わりに海の水が体に流れてる漁師なんだからね? 分かってんの?」
「うん、分かってる、アミ、大好きだ!」
そう言ってまたきつくきつくアミを抱きしめてダルは幸福であった。
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