12 その日まで

 トーヤの部屋の扉がぱたりと閉じられ、それまでも美しく聞こえる足音が遠ざかるのを2人でじっと見つめていた。


 何も聞こえなくなってからもしばらく黙ったまま2人で立ったままでいた。宮に張り詰める静かな喧騒とはまた違う種類の静かな空気が部屋を満たしたように感じられる。


「トーヤ……」


 しばらくしてミーヤがやっとのようにそう言った。


「なんだ……」


 トーヤもやっとのようにそう答える。


「マユリアの夢、叶うでしょうか……」


 消え入るようにそう言う。


「叶えてやるようにすりゃいいんじゃねえのか?」


 いつものようにそう言うが調子はいつものようではない。


「そうですね、叶えてさしあげないと……」

「ああ……」


 今までおそらく二十年を超えて神の座にいた者はいない。この先の十年でマユリアがどうなるのかは誰にも分からない。それでもマユリアはその道を選んだのだ。


「次の交代には必ず戻る」


 トーヤがきっぱりと言う。


「そしてあの家族をまた会わせてやる」


 ミーヤがトーヤの横顔を見る。


「だから、あんたもあいつらを支えてやってくれ」

「ええ」

 

 そうしてまだ閉まった扉を見たまま2人で立っていたが、


「あ!」


 いきなりトーヤが大きな声を出す。


「びっくりした!」


 ミーヤがビクッとしながらトーヤの方に顔を向ける。


「だけどな、絶対無茶すんなよな!」


 念を押すように言う。


「マユリアのお為、シャンタルのお為、ラーラ様のお為って命捨てるような真似だけは」

「ええ、ええ、やりませんって」


 あれから何回も言われているので、さすがにミーヤが「またか」というように言う。


「おい、真面目に言ってるんだぜ? わかって――」

「ですから分かっていますって、本当にしつこいですね」

「しつこいってなんだよ」

「しつこいものはしつこいとしか言えないでしょう?」

「な、この……」


 ぐっとミーヤを睨むが、


「トーヤこそ、危ない真似しないでくださいよね」


 ミーヤがぐいっと見上げるようにして言い返す。


「シャンタルもご一緒なのですし絶対に無茶はしないこと、いいですね? 分かりましたか?」


 子供に言い聞かせるような言い方に今度はトーヤが、


「人をガキ扱いすんなよなあ」


 そう言い返すと、


「だって中身は子どもなんですもの」


 そう言ってはあっとため息をつく。


「な!」

「もうちょっと大人になっていただきたいものですね」

「ってな、おい」

「なんですか?」

 

 キッとトーヤを見ると。


「色んな意味で危うい方ですものねえ。はあ、本当にシャンタル大丈夫かしら……」

「色んな意味?」


 どんな意味だ。


「ええ、色んな意味で……そうですね、例えば、きれいな女の方をべっぴんべっぴんって追いかけて、気がつけばシャンタルとはぐれてしまっていたり……」

「おい」

「ああ、ありそうで……はあ、大丈夫かしら……」


 まさか、本気でそんなことを心配されているのか?


「例えば悪い人に乗せられて、調子に乗ってるうちにうっかりお酒を口にして、気を失ってる間にお金を全部盗られてしまったりとか……」


 それはあるかも知れないと自分でもちょっと不安になる。


「ほんっとおに、気をつけてくださいね!」


 ビシッと言われて思わず背筋が伸びる。


「絶対に守って差し上げてくださいね! でも無理はしないでくださいね! いいですか? いいですね!?」

「無茶苦茶言うよな……」


 さすがにトーヤが笑い出した。


「なんです、人が真面目に言ってるのに」

 

 ミーヤがぷんと横を向く。


 なんだかんだ言って、今ではこんな小競り合いのここまでがお約束のようになっている。


「まあできるだけがんばるよ。そんで元気に戻ってくる、そんでいいだろ?」

「仕方ないですね、それで」


 ミーヤがまだ横を向いたままそう答える。


「しかし次は十年後かあ、みんなどうなってるかな?」

 

 トーヤがちらっとミーヤを見て、


「26か……」


 ぼそっと言うのをミーヤは聞き逃さなかった。


「どういう意味ですか?」

「いや、あんたは26歳だなって」

「だから?」

「いや、単に十年経ったらってな」

「トーヤは28ですね」


 ミーヤがお返しのようにそう言う。


「いや、それは、そうか……」


 言われてみればトーヤだって年をとるのだった。


「なんです、自分だけずっと若いままのように」


 確かにそう思っていたような気がする。


「そうか……ダルは俺と同じだから28、リルは27か。本当、みんなどうなってるのかな」


 想像もできない。

 そう思うと十年はとてつもなく長い年月のように思えてきた。

 なんだか急に心細くなってきた。


「大丈夫ですよ」


 ミーヤがトーヤの心を計ったようにそう言う。


「きっとあっという間です」


 にっこりとそう言う。


「そうだな……」


 何にしろ明後日にはこの国を去ることは決まっているのだ。考えても仕方がない。


「その日まで、元気で過ごして戻ってくる日のことを考えるしかねえよな」

「ええ」


 結局は今できることをやるしかない、ダルの祖父の言葉が聞こえるようだ。


「そして最後は笑ってやるんだ、後悔なんかしねえ、自分を許してやらねえといけねえようなことにはしねえからな……」


 トーヤが誰にともなくそうつぶやいた。

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