7 馬鹿野郎!

「どういうことなんですか?」


 あの後、シャンタルの守り刀を決めたあの後は、当初の予定通り、シャンタルの要望通りに和やかにお茶会が開かれた。


「みんなと一緒にお話ししたかったから」


 シャンタルなりのねぎらいなのだろう、ミーヤとリル、ダルがいたく感激していたが、トーヤがいつもの様子でまた3人に睨まれマユリアが笑うというお約束のコースを辿たどる。

 そうして何事もなかったかのように4人でシャンタルの私室を辞し、ダルとリルはダルの部屋へ、トーヤとミーヤはトーヤの部屋へと戻ってきたのだ。

 そうして入るなり、扉を開けて振り返るなり、ミーヤがトーヤに尋ねたのだ。


「どういうことって、別に。あの時言ったようなこった。万全を期すために最悪のことを想定して動く、そんだけのことだよ」

「いいえ」


 ミーヤは納得しなかった。


「トーヤが何もなくあんな風に言うはずはありません。何か、そう何かあるからああしてシャンタルを脅すようにしてでもその手に刃物を握らせたのでしょう」

「まいったな」


 あまりにも確信を持ってきっぱり言うミーヤをこれ以上ごまかせるとは思わなかった。


「色々と考えてたらな、いや~な結論にたどり着いちまったんだよな」

「いやな結論ですか?」

「そうだ」


 素直に認める。


「あのな、あの夢、覚えてるか?」


 シャンタルと「共鳴」した例の沈む夢のことだ。


「忘れようにも忘れられませんよ」

「まあな」

「あの夢がどうしたんですか?」

「俺は、あの夢と同じことが必ず起きると思ってる」

「え?」


 ミーヤの顔が固く引きつった。


「あの夢はただの夢じゃねえ、正夢、いや、予言? 予知? なんか分かんねえけどそういうのだと思ってる」

「そんな……」

「まあ絶対とまでは言いたくねえが、かなりの確率で実際に起こることなんだろうよ」

「本当にそうなんですか?」


 ミーヤが顔を歪ませて否定してほしい、そういう表情で言う。


「多分な……」

「どうして……」


 トーヤが少し考えるようにしてから言う。


「半分は勘だ」

「勘……」

「何しろこれだって証拠みたいなもんがないからな。ただな……」


 思い出すように目をつぶる。


「あの夢、あれは夢のようで夢じゃねえ……なんて言えばいいか分からねえが実際にシャンタルが経験したことだ」

「経験したことって、まだ起きてないことでは」

「ああ、まだな。だが確実にあいつが経験してそれを送ってきたんだよ、俺に」

「そんなこと……」

「あいつにできないと思うか?」

 

 ミーヤが黙り込む。


「な? なんでもやれそうだろ、あのクソガキ」


 そう言ってトーヤが笑う。


「あいつが想像して送ってくるってのは考えにくい。何しろあの脳天気だからな。あの様子見てたら実際にあいつが経験したことに違いないって思えてきてな……」


 ミーヤには言葉もない。


「もちろんないにこしたこたぁない。だが、ないと思ってたらえらいことになりそうだ。だからあいつにもいざって時の心構えとあの刀、あれぐらい持たせておかないとと思った。というか、それで足りるのかな……ちくしょう! もっと、他になんかないのかよ、安心できるようなこと……」


 ふうっとそう言ってベッドの上に腰を下ろす。頭をがっくりと落としている。


「あの時の気持ち……水に飲み込まれながら助けてくれって叫んでたが、あれは俺じゃねえんだよな……あいつ、あのちびなんだよ……あいつが必死で助けて助けて、そう言って叫んでたんだ……」

「トーヤ……」


 ふとトーヤが思い出したように顔を上げた。


「あのなあ!」

「えっ!」


 いきなりトーヤが大きな声を出したのでミーヤがビクッと身を固くした。


「あんたなあ、無茶するなよな!」

「え、えっ?」


 いきなりそう言われてますます固くなる。


「聞いたんだよ、キリエさんにな!」

「え?」


 ミーヤにはなんのことだかさっぱり分からない。


「溺れるで思い出したんだよ、なんってことしたんだよ、なんかあったらどうするつもりだった、え?」

「あ……」


 やっと言われていることに思い当たった。

 シャンタルに怖さを、溺れる怖さを教えようと自ら水を飲んで溺れようとしたことを言っているのだろう。


「あれは……」

「いくら少しの水だってな、人間下手すりゃ死ねるんだよ、分かってんのか? 分かってやったのか? え? それとも知らなかったのか?」


 トーヤが立ち上がり左手でミーヤの右手首を握る。


「いた……」

「痛いじゃねえよ!」


 ぐっとミーヤの手を引き寄せると今度は右手でミーヤの左手首も握る。


「どっちにしてもな、すげえ危険なことやったんだぜ? 分かってるのか?」

「…………」

「分かってるのか? 知っててやったのか? 知らなかったのか?」


 そう言われても……


「あの、何も考えてなか……」

「バカか!」


 大きな声で怒鳴りつける。


「いいか、俺はあと3日でこの国を出ていく。もう何があっても死ぬかも知れねえことすんなよな! え、分かったか!」


 怒鳴りつけられたことでますます動けなくなる。


「いいか、約束しろ! 俺が戻ってくる時、絶対絶対絶対元気で出迎えるってな! 分かったか、このバカ野郎!!」

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