6 守り刀

 一生懸命言葉にはするものの、言えば言うほど不安になる。漠然とした物言いに不安なるのはあちらも同じだろうとも思う。


 トーヤは何かが起きると確信のようなものを持っていた。

 だからこそ必死に「何かがあった時」にシャンタルが少しでも自分で動けるようにしなくていはいけない、そう思って色々と考えたのだ。


 その「確信のようなもの」はあの、例の、「溺れる夢」であった。

 この数日じっくりと考え、一つの恐ろしい結論にたどり着いた……


「まあな、何回も言うが、こういうのはここまで考えて、準備して、そうすることで成功する確率ってのが上がるもんなんだ。あートーヤが助けてくれるわー、ってのんべんだらりとしていて俺になんかあったらおまえ、死ぬからな? 分かってるか?」

「……分かった、と、思う……」

「ほんとかよ~」


 トーヤがきつく眉を寄せてシャンタルを見る。


「だからな、何回も言うが、これは最悪の最悪の最悪を想定してのことだ。おまえが自分で自分を助ける。そんで余裕があったら俺も助けてくれたら助かる」

「シャンタルがトーヤを?」


 シャンタルがびっくりして開けるだけ開いてた目でトーヤを見る。


「そうだ」


 目がこぼれ落ちそうなほど見開かれたまま固まっている。


「だからあ、言ってるだろ? そういうことがあると考えて動けってこった。もしもそうなったらおまえが助けてくれよな」

「シャンタルが、トーヤを助ける……」


 それだけ言うと目が普通の大きさに戻り、さらに細くなって緩やかに下弦の月のような形になった。


「すごい、シャンタルがトーヤを助ける……」


 もう一度にっこりと笑ってそう言う。


「分かった、がんばるね」

「そ、そうか、頼むぞ」


 トーヤはそう言ってシャンタルの両肩にポンっと両手を乗せた。


「仲間だからな、頼むぞ」

「うん、仲間だから」


 どうだかなあ、分かってんのか分かってないのか、そう考えながらにこにこ顔の生き神を見る。


「これなどどうでしょう?」


 いきなりマユリアの声がした。


 いつの間にか席を離れていたらしい。


「いつかは忘れましたが託宣を求めてきた者の献上品けんじょうひんの中にあったものです」


 マユリアが差し出す手の上に美しい小刀が乗っていた。


「これは……」


 トーヤがそう言って口をつぐむ。他の者も誰も発声することなくそれをじっと見る。


 それは黒い鞘に収められた小刀であった。


「なんか……」


 ダルがそこまで言って言葉を止める。


 トーヤには続きの言葉が分かった。


「アレみたいだよな」


 トーヤの言葉にダルが黙ったままこくんと首を上下に振る。


「アレ?」


 リルがそう言ってダルを見る。


「うん、アレ……あの、黒い棺に似てる……」


 黒いツヤツヤしたさやの上には銀色でこちらは鳥ではなく幾何学模様のような意匠いしょうが施されていた。

 実用的というよりは装飾的、何かを切るというよりは飾る方がふさわしい逸品である。


「黒のシャンタルに託宣を求めるということで、シャンタルのご容姿を彷彿ほうふつとさせるような献上品を持ってくる者は少なくないのです」


 そう言われて納得し、ちょっとホッとする。


「いや、こんなもんまで託宣で選ばれてるとかなるとおっかなくてしょうがねえからな、それ聞いて安心した」


 他の者も同じ感想であったのだろう、みんな顔が緩むのが分かった。


「いいけど、これ、使えるのか? いくら見た目がきれいでも実際に切れなきゃ使えねえぜ?」


 装飾品の刃物の中にはケガをしないようにあえて刃をつぶしてあるものもあるからだ。


 スルリと鞘から小刀の本身を抜く。

 輝きだけを見ると本物の刃物のように見える。


 だが念の為、とトーヤが周囲を見渡し、


「これ、切ってみてもいいか?」


 と、食卓の上に敷いてあるハンカチのような敷物を指差す。


「それ!!」


 ぱっと見はただの布だが、生き神たるシャンタルの部屋にある備品であるだけにどれほど高価なものであるかは分からない。それで物の価値をここにいる他の者よりはよく知るリルの口から思わずとがめるような言葉が出てきたのだ。


 だがトーヤはそんなもの意に介さぬようにすっと刃物をあてがって引く。


 抵抗もなく刃が布の上を滑り切る。

 トーヤが敷物を左右に引くと糸のほつれすら見えずにきれいに真っ二つに分かれた。


「なんてこと……」


 さすがに大商人の娘だけのことはあり、頭の中で算盤を弾いた結果に卒倒しそうになるのをミーヤが支える。


「ほう、切れ味も大したもんだな」


 2枚の布の切り口を見比べて感心したようにトーヤがそう言った。


「ま、これなら大丈夫だろう。こんだけ切れ味がよかったら皮のベルトぐらいちょちょいのちょいだ」


 ふざけるように言ってシャンタルに近寄ると小さな手に黒い小刀を握らせた。


「いいな、これがおまえの守り刀だ。大事にしろ。何かあったらそれを引き抜いて棺の隙間に突っ込んで皮のベルトを切って脱出しろ、いいな?」


 キュッと守り刀を握ってシャンタルが真面目な顔で頷く。


「皮ベルトだけじゃねえぜ、なんか化け物が襲ってきたらそいつにも遠慮なく突き立ててやれ。生き残るためにはなんでもやるんだ、いいな?」

「分かった……」


 シャンタルが守り刀をしっかりと胸に抱えた。

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