第三章 第六節 旅立ちの準備

 1 過ぎる日

 そうして、シャンタルがあちらに渡った後のことは結局行ってみなければ分からないが、おそらく次の交代までは戻れないだろうという話に落ち着いた。

 他にもいくつか具体的にどのような手順でシャンタルを助け出すか細かく話を詰めたりもしたが、結局はそれもやってみなければ分からない。


「まあ託宣で助けるって言われてるんだからな、なんとかなるだろう」


 トーヤもそう言うしかない。


「シャンタルにもマユリアがそのようなお話をしていらっしゃるのでしょうね」


 あの日以来、ミーヤは元通りにトーヤの世話役に復帰をし、リルと2人で客室の2人の世話をする日々に戻った。


「だろうな」

「おつらいでしょうね……」

「でもまあしょうがねえ」


 トーヤがお茶を飲みながらそう言う。

 ミーヤも向かい側の席で座って同じようにお茶を飲む。


「えっと、あと何日だっけ?」

「あと4日です」

「そうか4日か」

「さっきも聞きましたよ?」

「そうだっけか」

「ええ、なんか心配になります」

「おい、人をボケたじじいみたいに」

「え、でも、何回も聞くから」


 マユリアの客室でトーヤが傭兵に戻る可能性について話した日、あれからはほとんどこうしてのんびりと部屋で過ごしていた。

 ダルは自室に戻ったり、ふいっとこちらの部屋に来たり。その時にリルも一緒であったりそうではなかったりする。


「フェイのところに行こうかな」

「私も」

「おう」


 そう言って2人で部屋を出るとたまたまダルも部屋から出てきた。


「あれ、今からそっち行こうと思ってたのに」

「フェイのところへ行こうと思ってな」

「あ、じゃあ俺も行くよ。リルさんはどうする?」

「ええ、では私も」


 そうして4人で連れ立ってフェイの墓所へ行く。


「考えてみりゃ4人で来るのは初めてじゃねえか?」

「そうですね。というか、ダルさんと3人で来たことも初めてかも」

「あ、そうかも」

「私は来るのが初めてです」

「そうなのか」

「ええ……」


 リルはフェイの墓標の前にかがむと、


「私ももっとフェイと話をしておけばよかった、同じ係にいたのにほとんど話をしたことがなかった」


 そう言った。


「そうなのか」

「ええ、人数が多い部所と言っても、時々1人でさびしそうに座っているのを見たこともあったのに、自分から声をかけたこともなかったわ……」


 リルとフェイは同じ「小物係」であった。聖具や神具、宝石などの貴重なものではなく、日々の生活に使う色々な小物類を整えたり揃えたりする。細かいことながら人数がいる部所で、行儀見習いの侍女や侍女見習いが多くその係にいた。

 ミーヤは応募で入って数年務めた侍女なのでシャンタルやマユリア、または役付きの侍女たち、儀式用の衣装などに直接触れることのできる係に移動したが、同じ経験を積んでいても行儀見習いは順位としてはやや下の位置に置かれることも多かった。


「私も侍女見習いの時には小物係にいたこともありますので大変さは分かります。小さい物もあれば数が多い物もあり、毎日壊れたものがないか、足りないものがないかと本当にやることが多い部所なのです。それだけ人も多いから、同じ部所にいるからと言って話をしたこともない人がいても不思議ではなかったと思いますよ」

「ミーヤ……」


 リルは慰めてくれるミーヤの言葉がうれしかった。


「私は同期で同じ仕事をしていたのにと、他の係に移動したミーヤたちのことを憎らしく思ったこともあるのよ」

「え、そうなの?」

「ええ、正直に言ってしまうわね。キリエ様のおっしゃる通り、応募で入ったというだけでどうして、私の方が優秀なのに、って」


 リルがくすっと笑って言う。


「そんなつまらないことにこだわっているよりも、1人でもたくさんの人と親しく話をすればよかった、今、本心からそう思うわ」

「リル……」

「ミーヤとも、今度のことがなければあのまま、ほとんど話をすることもなければどんな人なのか知ることもなかったかも。そう思うと本当に過ぎる日を無駄に過ごしてしまったようで悔しいわ」

「なーにをばばあみたいなこと言ってんだよ」


 トーヤがケラケラと笑う。


「またそんな言い方を」


 ミーヤが眉をしかめて見せる。


「だってな、まだまだ人生はこれからじゃねえか。そりゃいつどうなるか分からねえのが人間だけどよ、今それに気づいたんだ、そんながっかりするこたねえや」

「そうね、トーヤのことだって最初はなんて下品で怖い人だと思ったわ。だってあんな」

「なんも言ってねえししてねえだろ!」


 リルが何かを言い出しそうなのでトーヤが慌てて止めるがリルは止まらなかった。


「だって私は怖かったもの。べっぴんだ、好みのタイプだ、こっちきてあっちこっち揉んでくれねえかな~ってねっとり」

「そんな風に言ってねえー!」


 急いで否定するがミーヤの顔には例の怖い笑顔がニコニコと張り付いている。


「あら、そのままリルに世話係をやってもらえず本当に残念でしたね」

「いや、だから、な、な、なんでそんなこと持ち出すんだよ、あんた!」

「今はそう思わないからトーヤのことも知ることができてよかったなあ、と思ってですが?」


 リルはあの時の仕返しができて満足したようで、全開の笑顔でそう言った。

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