24 戦場へ

「あいつを連れて行ってどこかに預けるとか、すぐ戻るとかならなんてこたあねえけどよ、何年もあっちで過ごすなら食う道がいるからな。そんで俺にできることって言やあ傭兵とか用心棒、それかまあ海賊か? そんなもんしかねえからな」


 皮肉そうな笑いを浮かべる。


「ええ、それで構いません」


 驚いたことにマユリアがそう言う。


「おいおい、そんな二つ返事でいいのかよ? 神様が入ったガキ、神様そのものをけがれた戦場に連れて行くって言ってんだぜ? もうちょい考えるとかなんとかした方がいいんじゃねえのか?」

「いえ、おそらくその道が正しいのだと思います」


 マユリアがきっぱりと言う。


「もしも、あちらでトーヤがその道を選ぶことになるのなら、おそらく天はシャンタルにもその道を共に行けということなのだと思います。天が『傭兵トーヤ』を選んだのはそういうことなのでしょう」

「あんた……」


 トーヤが一つ息を飲む。


「それ、本気で言ってるんだよな? 意味分かってるのか? シャンタルが傭兵になるってのは、人を、殺すってことなんだぜ?」

「ええ、分かって言っております。そのような可能性もあるのだということを」


 3人が信じらないという顔でマユリアを見る。


「マユリア、それは可能性としてもあまりにあまりかと!」

「はい、私もそう思います」


 リルとミーヤがマユリアに異議を唱える。宮に仕える侍女としてあるべきことではないと分かっていても言わずにはいられない。


「俺もそう思います。さすがに人を殺すというのは」


 そこまで言ってハッとしてトーヤを見る。


「いや、俺、そんなつもりじゃ」

「いや、いいって」


 トーヤがダルに苦そうに言う。


「誰だってそんなことできればやらねえ方がいい、俺だって分かってるさ。ただな、そういう道しかないやつってのもいるんだよ。たまたま俺はそうだったってだけだ」

「トーヤ、ごめん……」

「だからー謝るなって」


 そう言って明るく笑うが、3人はあらためてトーヤが生きて来た道を突きつけられた形となった。


「そういうことですね」


 マユリアがまたにっこりと笑う。

 

「トーヤは好きで人をその手にかけたのではないでしょう。ですが、誰だって生きる道によってはそうなる可能性があるのです。ですから、シャンタルの進む道にそれがあったとしたら、もしもそうなったとしたら、それもまた運命だとわたくしは思います」

「マユリア……」


 声も出せない侍女2人に代わるようにダルがマユリアの名前を口にする。


「相変わらず顔色一つ変えねえんだよなあ、この御仁ごじんは……」


 トーヤもふうっと息を吐く。


「まあ、そんだけ覚悟決めてるってことなんだよな。あんた、やっぱすげえな……」

「褒められているのでしょうか?」

 

 また変わらぬ様子でにこやかに笑う。


「ただ、できればそうではない道が望ましいとはわたくしも思っております。ですが、もしもその道が進むべき道なのだとしたら、たとえ厳しい道だとしてもシャンタルにその道をお進みいただくしかないのです」


 笑顔が消え少しうつむき加減でそう言う。おそらくこちらの方が本音ではあるのだろう。


「まあな、俺もできるだけそうならねえようにはするよ。でもあまり期待しないでくれや、な」


 トーヤが軽い風にそう言うと、


「ええ、よろしくお願いいたしますね」


 また美しくそう笑う。


「で、でもさ」


 必死で何かを探すようにダルが言う。


「前金、もらってるだろ? 結構な額だしって、いや、なんか成功したらもっとたくさん、それこそ遊んでくらせるぐらいもらえるんじゃないか。それもうちょっともらっておいてあっちで店でもやるとか、なんかそんな方法でもあるんじゃないのかな」

「何屋やれってんだよ?」

「たとえば食堂とか」

「俺が食堂の親父でシャンタルがお運びか」

「いや、例えば、だよ」

「そんで失敗したらやっぱり戦場だよな」

「じゃあ……そうだ! あっちとこっち行き来して、そんでリルさんのお父さんみたいな商売始めるとか」

「俺はそういう目利きがねえからなあ。それにそうやって行き来してたらその先は結局海賊にいきそうだよな」


 そう言ってトーヤが笑う。


「そこをなんとか探せよ!」


 ダルがいきなり怒鳴った。


「戦場へ、戦場へなんて俺、トーヤに行ってほしくねえんだよ……」

「そう言われてもなあ、今までの人生のほとんどを俺はそこで生きてるわけだし」

「でもな、こっちへ来てまた運命変わったんじゃないのか? もう危険なことはしてほしくないんだよ、そうして、元気にこっちへ戻ってきてほしいんだよ」


 ダルが苦痛に顔を歪ませる。


「ダル、ありがとな……」


 トーヤが心の底からの笑顔を見せる。


「だからな、まあ可能性だ、戻る可能性もあるってこった。俺だって自分だけならともかく、あんなめんどくせえクソガキ連れてそんなとこ戻りたくねえしな」

「トーヤ……」


 ダルがホッとした顔をする。


「だがな、そういう可能性もあるってことだけはマユリアに覚悟決めておいてもらう、そんだけの話だよ」

「ええ、そうですね、分かりました」


 その後、結果的にトーヤは傭兵に戻り、シャンタルはその相棒として共に戦場に立つことになるが、この時にはまだあくまで可能性の一つ、としての話であった。

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