黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 ＜完結＞

２２ 能天気

「でもまあ、あれなんだろ？　一応口止めはしてきたんだろ？」

　昨日の借りを返すと言わんばかりに、トーヤが涙を流しながら、笑いながら言う。

「ええ、それは一応は」

「ねえ……」

　ミーヤの言葉にリルが困ったような顔をしたままで相槌（あいづち）を打つ。

「あの、シャンタルが男の方だということは内緒にしてくださいませ」

「え、どうして？」

「あの、それは内緒にしなくてはいけないことだからです」

「そうなの？」

　シャンタルがラーラ様にも伺うように顔を見る。

「ええ、それは内緒です。人に言ってはいけないことです」

「分かった、内緒にするね」

「はい、よろしくお願いいたします」

　そう言って２人は下がってきたのだが、本当にあれでよかったのだろうか。

「大丈夫でしょうか……」

　ミーヤがそう言うのに、

「大丈夫でしょう、きっと」

　マユリアが美しく笑いながらこともなげに言う。

「シャンタルご自身があまり重要と思っていらっしゃらないでしょうし、わざわざ他の者に話されるとは思えません。きっとラーラ様も気にはしてらっしゃらないでしょう」

　言われてリルがラーラ様のご様子を思い出し、不安になるほど気にしていらっしゃらなかったように思え、先々代シャンタルになんたるご無礼を、とハッとした顔になる。

「まあ、あんまり何も考えてなさそうだもんな、シャンタルもラーラ様も」

　リルの様子から推測するようにトーヤがそう言って笑う。

「わたくしも部屋に戻ったらもう一度お二人によく話しておきましょう」

　嫣然（えんぜん）とそう言うマユリアにリルがなんとなくさらに不安を感じる。

（シャンタルと言われるお方はみんなこんな感じなのかしら）

　なんと言うのか、浮世離れした場所にいらっしゃるお方だからか、

（今ひとつお分かりになってらっしゃらないようで心配だわ……）

　思わずはあっとため息をつくのを見てまたトーヤがひとしきり笑った。リルが何を思ったかが分かったようだ。

「脳天気だもんなあ」

　ズバリとまさにリルが思っていた単語を口にするのでリルがビクッとする。

「わ、私はそんな……」

　そう言うが否定しきれない。

　何と言えばいいのか、これほど泰然自若（たいぜんじじゃく）（良い言い方をすればだが）な方たちがあれほどの動揺を見せた今回の「事件」はやはりそれほどの出来事だったのだ、とあらためて思う。

「まあまあ、それはもう一度マユリアに釘刺してもらうとして、さて、話の続きだ。マユリアもとっとと終わらせて２人のところに戻りたいだろうしな」

「ええ、早くお顔を拝見したいです」

　咲き誇る花のように笑う。

「で、だな、あっち連れてって、そこからどこへ行きゃいいんだ？　俺に任せるとか言ってたが、こういうのって言い方変えりゃ『亡命』なんてことになったりするんじゃねえの？」

「亡命は困りますね」

「だろうな……」

　シャンタルの場合も考えようによれば「政治的理由で国から逃げる」のだから確かに亡命と言えないこともない。だが秘密のうちに死んだことにして逃がすのだから事情を知られるわけにはいかない。

「ってことは、どうすりゃいいんだよ、本当に」

「その先はシャンタルのご希望に沿うようにしてくだされば」

「ご希望ねえ……」

　そう言われてトーヤはかなり不安になる。

　何しろシャンタルにそんな「希望」なんてものがあるようには見えないからだ。

「あいつがなんも希望がなかったらどうすんだよ？」

「何もない時ですか」

　マユリアがうーんと考えて、

「何かあった時に聞いて差し上げてください」

　とのんびりと言う。

「いや、あのな、そうじゃなくて……」

　さすがのトーヤも少し困った顔をする。

「ただ」

　マユリアが少しだけ翳（かげ）を落として続ける。

「今のお姿が変わられるまでは、ご希望になられてもこちらにはお戻りいただけないと思います」

「ん？」

　トーヤが少し考える。

「それは、あいつが成長して大人の姿になるまで、ってことか？」

「そうなりますか……」

　確かにそうだ。

　この国ではシャンタルの容貌は「異質」である。

　あまりにも目立ち過ぎる。

　この国から外に出すのはその理由も大きい。

「もしもお戻りになってシャンタルと気がつかれたらどうなるか想像もつきません」

「そう、だな……」

　あちらなら、「アルディナの神域」やその他の国ならシャンタルと同じ銀の髪、褐色の肌の人間も少なからずいる。そこでならなんとか生きていけぬことはないが、この国であの姿の子どもが外を歩けることはない。

「あの、どこかの建物にお隠しして、それで過ごしていただくわけには」

　リルが言うがマユリアが首を横に振る。

　リルも言ってはみたがかなり難しいことだと口をつぐむ。

　確かにどこかの建物の一室に押し込めて隠すことはできないことではない。だが、その状態で何年も、大人の姿になるまで、できれば男性らしくなるまでの数年を隠し通すのは困難であると言わざるを得ない。

　たとえできたとしてもそのような生き方をしたシャンタルに、そこから外に出て生きろと言うのは酷な話であるだろう。

　シャンタルが生きる場所を見つけるためにも一度外に出た方がいい。