18 残りの日々を

 15日目の夜が更けてゆく。


 残りは6日ともう1日。

 交代の日とその翌日、シャンタルが湖に沈められる当日だけである。


 シャンタルはラーラ様とマユリアと3人で同じ寝室で眠りについた。

 大きな寝台に3人で枕を並べて寝るのは初めてであった。いつもはマユリアは自分の寝室で眠っていたからだ。


「こうして一緒に眠るのは楽しいですね」


 そう言ってマユリアがクスクスと笑い、ラーラ様はもう二度と離さないというようにずっとシャンタルに寄り添い続けた。


「シャンタル、もう一度ラーラ様と呼んでください」

「ラーラ様」

「シャンタル……もう一度……」

「もう何回も呼んでるのに」


 そう言いながらシャンタルもうれしくて、トーヤがミーヤに怒られた時もこんな気持ちだったのかなと思った。

 

 後6日だけの残りの日々、せめてその日を幸福に過ごしたい。


 そう思っているのは宮の主たちだけではなかった。


 キリエの執務室でリルと共に話を聞いた後、ミーヤはトーヤの部屋へと足を向けた。

 もう時刻は遅く、本当ならそんな時間に顔を出すのは少し憚られるほどであったが、そっと部屋をのぞいてみることにした。


「トーヤ……」


 もう就寝用に灯を薄く絞ってある室内にそっと足を踏み入れる。


 シャンタルの応接から怒りながら部屋を出ていった後ろ姿を思い出すと、少しおかしく、そして少し切なかった。


 声をかけたが返事がない。


(怒って返事をしてくれないのだろうか……)


 自分も一緒になって笑ってしまったから、それを少し後ろめたく思っていた。


 薄暗い室内にそっと足を踏み入れる。

 寝ているのだろうか。

 

 そっとベッドに近付き、


「トーヤ、寝てるのですか?」


 そう声をかけた途端、


「わっ!」

「きゃっ!」


 いきなり後ろから誰かに声をかけられミーヤが思わず声を上げる。


「驚いたか! 人のこと笑ったお返しだよ」


 そう言ってケラケラと笑う。


「もう!」


 まだ心臓がドキドキ言っている。


「あんたが来たのが分かったからな、隠れてたんだよ」

「本当に人が悪いんですから!」

「また怒られた」


 そう言ってまたケラケラ笑う。


 トーヤが笑いながらソファにドサリと音を立てて腰を下ろす。


「なんだ、シャンタル付きはクビになったか?」

 

 からかうようにそう言う。


「そうではないでしょうか。もうお役目は果たしましたし」

「そうだな」


 トーヤがミーヤに椅子に座るように指で示した。ミーヤが大人しくトーヤの向かい側の椅子に座る。

 2人でじっと、何も言わずに座っていた。

 時間も遅いが眠いとも感じない。


 少ししてミーヤがふと思い出すように言った。


「そう言えばダルさんは?」

「ああ、自分の部屋に戻った」


 トーヤのことを心配してずっとこの部屋にいたのだが、


「まあそう怒るなよな、俺も今日は疲れた、自分の部屋に戻って寝るからトーヤも寝ろよ」

「こんな気持ちで寝られるかよ!」

「そう言わずに、な、寝ろよ?」


 そう言い残して帰っていったらしい。


「なんでしょう、ダルさんらしい」

 

 ミーヤがそう言ってクスクス笑った。


「あんたは今まで何してたんだ?」


 あの騒ぎの後、もうかなりの時間が経っている。ミーヤはキリエがリルにも事情を明かしたことを話す。


「リルもがんばってたもんなあ、色々助けてもらったしな」

「ええ、マユリアのお世話もしてたそうなのです」


 マユリアが懲罰房にいたこと、ラーラ様はカースへ預けられたこと、ルギとネイ、タリアはルギの家にいたことを話す。


「ルギの家ってなんだよ」


 ルギと聞いてトーヤの眉がピクリと動く。ミーヤがそれを見て何かを思い出すように笑う。


「なんだよ、笑うなよな」


 ぷんと横を向くのを見てさらに笑った。


「なんでしょう、なんだか幸せです……」


 ほっとそういうミーヤにトーヤが、


「何がだよ、俺はこれから大変なんだぜ? あいつの棺桶引き上げて逃してあっちに行かなきゃなんねえ」

「そうですね、大変ですね」

「なんか、大変そうに思ってるように聞こえねえな……」


 トーヤがまたぷいっとすねる。それを見てまたミーヤが笑う。


「なんだよ、何がそんなにおかしいんだよ、え?」

「ええ、だからなんだか幸福で……」


 そう言ってクスクス笑い続けるミーヤに、とうとうトーヤもつられて笑い出す。


「はーしょうもねーどうしようもねー」


 ケラケラ笑ってそう言う。


 何がそんなにおかしいのか分からないが、理由もなく2人で笑う。


 しばらく笑った後でミーヤが、


「もう遅いです、そろそろ寝てくださいな」

「そうだな、さんざん笑ったらなんか寝られるような気がしてきた」

「まあ」


 そう言ってまた笑う。


「それじゃあ、明日の朝また起こしにきます」

「おう、頼んだ」

「おやすみなさい」


 そう言ってミーヤが部屋から出ていった。


「あと6日、か……」


 トーヤが真顔にもどってそうつぶやいた。


「あと6日……」


 ミーヤも廊下に出て扉に向かって小さくそうつぶやく。


 もう後はこれでその日を迎えるだけなのだろう、もうこれ以上何かが起こることはなかろう。そうであってもらわなければ困る。そのためにこの十数日を過ごしたのだ。


 今度のことに関わった皆が今夜だけはゆっくりと休めますように。

 誰かがそっとそう祈った。

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