17 侍女の資質

 この上ない緊張で始まり笑いで終わった最後の秘密の開示かいじ、その後でキリエはリルと、ミーヤも一緒に自身の執務室に呼んであらましを語った。


「そんなことが……」


 話を聞いてリルは絶句した。

 思ってもみない深い話、想像もできない話。


「あの、そんなことを行儀見習いの侍女である私がお聞きしてもよかったのでしょうか……」


 事態の深刻さに青い顔をしてそう聞く。


「以前のおまえならば話すことはなかったでしょうね」

「え?」


 キリエの言葉にリルが戸惑う。


「おまえは立派な侍女になりました。今度のことでおまえ自身も成長したのですね」


 そう言ってキリエが優しく笑う。


「キリエ様……」


 リルはさらに戸惑う。

 

 これまでキリエは、鉄の仮面の侍女頭は、リルにとって怖い方でしかなかった。笑顔を向けられることなど想像すらできなかった。

 ミーヤと同じ八年をこの宮で過ごしている間、実際に厳しい顔、厳しい言葉しか与えられたことがなかった。


「おまえが侍女に応募してきた時のことを覚えています」

「え?」


 100名もいた侍女候補たちのことを覚えているのだろうかと驚いた。


「王都の大商会の娘、そんな子が侍女になりたいなどと言ってくるとは思いませんでした。そして思った通りおまえは大商会の娘以外にはありえない子だ、そう思ったので覚えていたのです。応募してきた子を全員覚えているわけではありません」


 そう言ってリルの頭に浮かんだことを否定するように優しく笑った。


「おまえは本当に優秀でした。侍女以外ならばどこででも選ばれることになったでしょうね。ですが、それは侍女として必要な資質ではなかったのです」

「侍女の資質……」


 リルもミーヤもそれが何であるか今だに分からない。


「侍女の資質、それは己より仕える主を優先すること、一心にお務めに邁進まいしんできること。つまり自分を捨てて他人を大事にできる者、他者の喜びを己の喜びとできる者です」


 そう言ってミーヤを見る。


「ミーヤのことも覚えています。一目でこの子はその資質を持った者だ、そう思いました」


 キリエはミーヤが故郷の神殿で神官たちを手伝いながら誰かの役に立ちたいと思っていたこと、そしてそれをごく自然にできること、常に他の者の幸せを祈れる者であることを見抜き、かなり早い段階からこの子を選ぼうと思っていたと言った。


「でもリル、おまえは違いました。いつもいつも自分を見てほしい、自分は他の者より優れている、だから神に選ばれるのが当然である、自尊心高く、常に誰かに負けまいとしているのが見て分かりました」

「キリエ様……」

 

 リルが恥ずかしそうおもてを伏せる。


「恥じることはありません。おまえはとても優秀な人間です。その才能を必要とする場所もある、生きる場所を間違えるとせっかくのその素養を損なうこともあります。ただ、宮で求められているのではないというだけのことなのです」


 決してミーヤと比べているのではないことをキリエは重ねて言った。


「だから、おまえが父親に頼んで行儀見習いとして宮に入りたいと言ってきた時は本当に驚きました。落とされたことで宮に近付きたくないと思うであろう、そう思ったのに、そうまでして侍女になりたいのかと、正直少しばかり呆れました」

 

 キリエがほほほと笑いまたリルが恥ずかしそうにする。


「どうせ入ってもすぐに尻尾を巻いて逃げ出すだろう。そう思いました。ですが、おまえは八年の間一生懸命に侍女としての務めに励み、今度のことで本当の侍女になりました。そういう子だったのですね。それを見抜けなかったとは、私の人を見る目もまだまだだと反省いたしました」

「キリエ様……」

「おまえがシャンタルのためにしてくれたこと、そしてマユリアのためにしてくれたこと、本当に立派な侍女の行動です。お礼を言います。本当にありがとう」


 そう言って頭を下げる。


「キ、キリエ様! 頭を、頭を上げてください! 私は、ただやらねばならぬこと、当然のことをやっただけです!」

「ほら」


 そう言って笑いながらキリエが顔を上げる。


「立派な侍女です。以前のおまえならそう言ったでしょうか、そう思ったでしょうか? 本当に立派な侍女になりました」

「キリエ様……」


 リルが言葉を詰まらせて涙ぐむ。


「本当に、失恋というものも大層役に立つこともあるのですね。そのような感情は侍女には不要とばかり思っていましたが」

「キリエ様!」


 リルが今度は真っ赤になって飛び上がる。

 それはあれだけ派手に泣いてわめいたのだから知られてはいるのは不思議ではない。だがあらためて言葉にされると身の置きどころがなかった。


「ただ一つだけ言っておきます。立派な侍女になったと言ったからとて、この先の人生を全て宮に捧げよと言っているわけではありません。おまえはおまえの選ぶ道を行きなさい。そしてそれはミーヤ、おまえも同じこと、2人共自分が進むべき道を焦らず探しなさい」


 キリエはこうも思っていた、気付いていた。

 誰よりも他人を優先し、思いやり、侍女として務めていたミーヤが今はある特定の誰かのために動きたいと思っていることを。

 まさか同期の2人の侍女が、こうも変わってしまうとは思っていなかった、そう思った。

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