15 忘れぬうちに
「ふうん……」
トーヤがそう言うとハハッと笑った。
「なあるほど、そりゃなあ、そりゃ沈めなきゃなんねえわな。おい、シャンタル聞いたか?」
そう言ってつかつかとシャンタルに歩み寄る。
「なあ、よかったな。おまえ、マユリアにもラーラ様にも嫌われてなかったぞ。よく分かっただろうが、な? おまえ、沈まないって言ったらその瞬間に死んでたんだとよ。それでおまえの家族はおまえが自分で沈むって言うようにがんばってがんばってがんばったんだよ。な、うまいもんはうまいんだよ」
そう言ってにっかりと笑った。
シャンタルは黙ったままじっと立っていたがトーヤの言葉を聞くとその頬に涙が一筋流れる。
「トーヤ……」
「ん、なんだ?」
「信じたの……」
「そうか」
「信じることにしたの」
「そうか、偉かったな」
そう言ってトーヤがシャンタルの頭をガシガシと強く撫でる。
その場にいた誰もがその行為に凍りつく。
たった今、まさに今、王と等しい立場のマユリアをその足元にひれ伏せさせた絶対の神の頭をあのように乱暴に撫でるとは。
「だからやめてくださいと言ってるではありませんか、髪が乱れてしまいますって!」
思わずミーヤが反射的に前に進み出て、いつものように言ってしまってからハッとして口を押さえる。
「ほらな、また怒られた」
トーヤがそう言ってシャンタルに向かって首を
「本当にトーヤはミーヤに怒られるのが好き」
そう言ってシャンタルが笑う。
「どうだろうなあ、今のはおまえの髪を思って怒ったんだからなあ。だから俺は怒られ損だ、うん」
「そうなの?」
「そうだ」
そう言って2人で楽しそうに笑った。
「ほれ、ぐしゃぐしゃになったの直してもらえ」
自分がそうしておきながら、トーヤはシャンタルの体を掴んで引き寄せ、トンっと皆がいる方へと押す。
「危ない!」
ミーヤが思わず一歩前に出てシャンタルを押さえると、
「だから乱暴にしないでくださいと言ってます」
もうこうなると気を使うも何も考えられない。
「ほらあ、おまえがとっとと行かねえからまあた怒られただろうが~」
そう言いながら笑って近付き、もう一度シャンタルの体を掴み、
「ほれ」
と、マユリアとラーラ様の前に押し出した。
シャンタルがととととっと小走りに進むと2人の家族の前に立つ。
マユリアとラーラ様が床の上に座った姿勢のまま、涙に濡れた顔を隠さぬままシャンタルを見上げる。
「あの、髪を直して……」
シャンタルが恥ずかしそうにそう言う。
「シャンタル!」
ラーラ様がもう我慢できないというように、飛びつくようにシャンタルの体にしがみつき、
「シャンタル! シャンタル!」
ただただ名前を呼びながら、きつくきつく抱きしめる。
「ラーラ様……」
シャンタルもそう言って泣きながらラーラ様の頭にしがみついた。
「シャンタル……」
マユリアも手を伸ばしてラーラ様とシャンタルを優しく抱いた。
「マユリア……」
家族の対面の時が静かに流れていった。
「うっ、うう、うう、うぅ、ひっく……」
誰かと思ったらダルが激しくもらい泣きをしていた。
「おま、何泣いてるんだよ、おまえは」
トーヤが今度はダルの頭に手を……伸ばそうとしてやめて、
「おじさんが泣くなよな」
と、足を蹴った。
「だからあ、おじさんじゃねえって……ひっく……」
その様子を見てミーヤとリルが、そして3人の家族が笑い出す。
侍女と衛士だけが声を出さずに、それでもホッとしたようにゆるやかな顔でその様子を見守った。
「さあてと、一段落ついたところで忘れねえうちに大事な話をしねえとな」
トーヤが厳しい顔でルギを見ながら言う。
「なんだ」
「アレだよ、アレ。あんたがいねえから受け取れてねえんだよなあ、まだ」
「前金」の話である。
「こんなところで持ち出さなくても……」
ミーヤが厳しい顔で言うが、
「いや、こういう話はきちんとしておかねえとな。キリエさん、今ここでもらえるかな」
「分かりました」
キリエがミーヤとリルを呼んでどこかへ金を取りに行った。
しばらくすると若い2人にそれぞれ重そうな金袋を持たせて3人が戻る。
「確かめてください」
「おっ、ありがてえ」
トーヤが食卓の上に置かれた金袋を開き、満面の笑みを浮かべて中身を調べる。
「ひい、の、ふう、の、みい、よっ、と……よし」
そう言って金袋を1つ持ってつかつかとルギに近寄ると、
「ほれ、隊長、あんたの取り分だ。もらった分だけしっかり仕事してもらうからな、さあ受け取れ」
ずいっと差し出す。
ルギは想像とは違い、すんなりとトーヤから金袋を受け取る。
「あれっ、怒らねえのか、またあの顔が見られるかと楽しみにしてたんだがな」
トーヤが皮肉とからかいを混ぜたような顔でそう言う。
ルギは黙ってその金袋を持ってシャンタルのそばに近寄ると、跪き、
「シャンタル……マユリアからお預かりしたあなたの
そう言って金袋を差し出した。
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